——対オスマン・トルコ共同防衛同盟——
記載日:2008年5月31日

概要
 オスマン・トルコのスルタン、マホメッド2世の艦隊によって、エーゲ海の中心にヴェネツィアが占める最大の拠点であるユービア島(ネグロポンテ)が陥落する。これを契機として、1470年12月22日、新たに対オスマン・トルコ共同防衛同盟が締結される。

経過
 1470年6月半ば、マホメッド2世が陣頭に立って、オスマン・トルコの艦隊が出撃し航海中との報が、ローマに届く。
 1470年6月、オスマン・トルコの艦隊が、ユービア島の主要地点を包囲。
 1470年7月12日、オスマン・トルコ軍、ユービア島を征服。
 1470年8月25日、パウルス2世はイタリア諸国にユービア島陥落の及ぼす危険性を説く書簡を送る。
 1470年9月18日、パウルス2世はイタリア諸国に、和平を説きオスマン・トルコの脅威に一致して対抗せよと説く書簡を送る。
 1470年12月22日、パウルス2世の主導の下、ようやく、ナポリ、ミラノ、フェッラーラ、フィレンツェ共和国が、ローディの和イタリア同盟を基にした対オスマン・トルコ共同防衛同盟を締結。

参加国
 ローマ教皇国(パウルス2世
 ナポリ(フェッランテ・ダラゴーナ
 ミラノ(ガレアッツォ・マリーア・スフォルツァ
 モデナ・レッジョ・フェッラーラ(ボルソ・デステ
 フィレンツェ共和国(ロレンツォ・イル・マニーフィコ

参考文献
 『フィレンツェ史』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルドヴィコ・イル・モーロ―黒衣の貴族』
出来事
そこそこアレな感じで