——Agamennone Marescotti——
アガメンノーネ・マレスコッティ
生没年:1434年頃〜1501年5月3日
出身:ボローニャ
父:ガレアッツォ・マレスコッティ
妻:エミーリア・ダル・リーノ
子:ガレアッツォ・マレスコッティ
  アウレリア・マレスコッティ
  ラウラ・マレスコッティ
  テオドーラ・マレスコッティ
記載日:2006年10月07日以前

概要
 ボローニャチェーザレ・ボルジアに引き渡すべく陰謀を企んだとして、ジョヴァンニ2世・ベンティヴォーリオに数人の兄弟たちと共に殺害される。彼の陰謀が実際のものだったのかどうかは不明。

年表
 1434年頃 ボローニャにて生。ガレアッツォ・マレスコッティの長男で庶出。

 1464年11月〜12月 長老評議会議員に選出。

 1466年9月7日 エミーリア・ダル・リーノと結婚。
 1466年10月2日 兄アキッレ・マレスコッティと共に法律を学び、この日、卒業。

 1467年9月〜10月 長老評議会議員に選出。

 1469年9月12日 候補者の策略により2回投票と選出が行われたが、市民法博士会員に亡くなったボルニオ・ダ・サラに代わって選出。

 1471年1月31日 ボローニャ長老評議会宛に手紙をしたためる。フィレンツェポデスタ選出に際して、36歳と記述。
 1471年 父ガレアッツォ・マレスコッティのシクストゥス4世との友人関係により、ローマ元老院議員に任命される。

 1480年3月〜4月 長老評議会議員に選出。
 1488年11月 マルヴェッツィ家と共謀し、ジョヴァンニ2世・ベンティヴォーリオに対する陰謀を企てるが失敗。ジョヴァンニ2世・ベンティヴォーリオは凄惨な粛清を行うが、アガメンノーネ・マレスコッティは父ガレアッツォ・マレスコッティの利点のおかげで逃れる。
          この後数年間、ローマボローニャを行き来することになる。

 1494年 アレクサンデル6世により、ローマ元老院議員に任命される。

 1496年8月〜12月 ルッカポデスタに選出。

 1497年1月 ボローニャ帰還。証拠はないものの追放されたマルヴェッツィ家と手紙で連絡を取っているのではないかと懐疑的に迎え入れられる。危険を承知でボローニャに住む。

 1500年 アレクサンデル6世により、ローマ元老院議員に任命される。

 1501年 ボローニャに住む。
 1501年2月 ジョヴァンニ2世・ベンティヴォーリオにより、きょうだいジアゾーネ・マレスコッティ、甥アゲジラーオ・マレスコッティ、甥ルドヴィーコ・マレスコッティ、きょうだいティデオの息子たちと共に拘留される。Sedici del Reggimentoに召喚され、敵軍をボローニャに招き入れるためチェーザレ・ボルジアと通じようとしていると追及される。
 1501年4月27日 再び親族と共に拘留される。
 1501年5月1日 4日間取り調べを受けた後、親族と共に釈放される。
 1501年5月3日 口実をつけて親族と共に逮捕され、収監場所で貴族たちを従えたエルメス・ベンティヴォーリオに親族ともども殺される。

別表記
 マリスコッティ、Mariscotti

外部リンク
 Treccani

参考文献
 『フィレンツェ史』
歴史人物辞典
そこそこアレな感じで