——Amedeo VIII di Savoia——
アメーデオ8世・ディ・サヴォイア
生没年:1383年〜1451年1月6/7日
在位:第1代サヴォイア公アメーデオ8世 1416年〜1440年
    次代:ルドヴィーコ・ディ・サヴォイア
   対立教皇フェリクス5世 1439年〜1449年
   枢機卿 1449年4月23日〜1451年1月6/7日
       任命した教皇:ニコラウス5世
子:ルドヴィーコ・ディ・サヴォイア
  マリーア・ディ・サヴォイア
記載日:2006年10月26日以前

年表
 1426年7月 ヴェネツィアと同盟を結び、ヴェネツィア・フィレンツェ陣営に加わる。
 1427年12月2日 フィリッポ・マリーア・ヴィスコンティからVercelliを貰い、娘マリーア・ディ・サヴォイアフィリッポ・マリーア・ヴィスコンティと結婚しかつその子にミラノを継承させることをトリノで約定し、ヴェネツィア・フィレンツェ同盟陣営から離れる。
 1439年11月5日 バーゼルの分離公会議、アメーデオ8世・ディ・サヴォイアを対立教皇フェリクス5世として選出(在位1439年〜1449年)。
 1440年1月6日 1439年11月フェリクス5世として対立教皇に即位したアメーデオ8世・ディ・サヴォイア、サヴォイア公位を退く(在位1416年〜)——ルドヴィーコ・ディ・サヴォイア(1413年〜)、サヴォイア公となる(在位1465年)。
 1441年6月24日 対立教皇フェリクス5世の戴冠式、バーゼルで盛大に挙行される。
 1449年1月18日 ニコラウス5世フェリクス5世に対し、ローザンヌ分離公会議とその支持者への財産没収、破門、処罰、停職処分を中止し、フェリクス5世には枢機卿として他の枢機卿に勝る高位を与え、フェリクス5世の任命した枢機卿にはそれぞれに応分の高位を与えるとの勅書を送る。
 1449年4月7日 フェリクス5世、対立教皇位を辞す(在位1439年〜)。
 1451年1月6/7日 アメーデオ8世・ディ・サヴォイア死(1383年〜:サヴォイア公在位1416年〜1440年:対立教皇在位1439年〜1449年:枢機卿在位1449年〜)。

別表記
 アミーデオ、サヴォイア公爵アマデウス、フェリックス5世、Amideoil Pacifico

外部リンク
 ウィキペディア
 世界帝王事典
 Famille de Carné
 Find A Grave
 GCatholic.com
 Genealogy.EU
 JDA's Family Tree
 Libro d'Oro della Nobiltà Mediterranea
 The Cardinals of the Holy Roman Church
 Treccani.it

参考文献
 『イタリア史』
 『世界大百科事典』
 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『ミラノ―ヴィスコンティ家の物語』
 『メディチ家』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルネサンス宮廷大全』
 『ルネサンスの歴史』
 『ローマ教皇検死録』
サヴォイア家
歴史人物辞典
そこそこアレな感じで