——Anne de Bretagne——
アンヌ・ド・ブルターニュ
生没年:1477年1月25日〜1514年1月9日
在位:ブルターニュ公 1488年〜1514年
父:フランソワ・ド・ブルターニュ
夫:マクシミリアン1世(代理人誓約)
  シャルル8世
  ルイ12世
子:クロード・ド・フランス
  ルネ・ド・フランス
記載日:2006年10月27日以前

年表
 1488年9月9日 フランソワ・ド・ブルターニュ死(1435年〜:在位1458年〜)。娘アンヌ・ド・ブルターニュ(1477年〜1514年)、ブルターニュ公領を相続。
 1490年12月19日 マクシミリアン1世、ブルターニュ公領を相続した(1488年)アンヌ・ド・ブルターニュと代理人誓約の形で結婚。
 1491年12月6日 シャルル8世マクシミリアン1世の抗議にも拘らず、その娘マルグリット・ドートリッシュとの婚約を破棄した上、1490年マクシミリアン1世が代理人誓約の形で結婚した相手のアンヌ・ド・ブルターニュとの結婚を強行し、ブルターニュ公領を事実上、併合。
            しかしシャルル8世、この婚約破棄と結婚へのインノケンティウス8世の特別認可を得ることに難渋。但し、以後、姉アンヌ・ド・フランスの摂政(1483年〜1491年)を排し親政を始める。
 1499年1月7〜8日 ルイ12世ジャンヌ・ド・ヴァロワとの婚姻を解消して故シャルル8世の妃アンヌ・ド・ブルターニュと再婚し、ブルターニュに対する権利を確保。
 1514年1月9日 アンヌ・ド・ブルターニュ死。——クロード・ド・フランス、ブルターニュ公領を相続。
 1514年5月18日 ルイ12世と故アンヌ・ド・ブルターニュの娘クロード・ド・フランスルイ12世の親族フランソワ・ダングレームと結婚。

チェーザレ・ボルジア
 子ルネ・ド・フランス→夫エルコーレ2世・デステ→母ルクレツィア・ボルジア→きょうだいチェーザレ・ボルジア

別表記
 Anne of Brittany

外部リンク
 ウィキペディア
 Find A Grave
 Genealogy.EU
 JDA's Family Tree
 kleio.org

参考文献
 『イタリア史』
 『君主論』
 『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』
 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルクレツィア・ボルジア―ルネッサンスの黄昏』
 『ルネサンス宮廷大全』
 『ルネサンスの女たち』
 『ルネサンスの華』
歴史人物辞典
そこそこアレな感じで