——Annibale I Bentivoglio——
アンニーバレ1世・ベンティヴォーリオ
生没年:1413年〜1445年6月24日
在位:ボローニャの君主 1443年〜1445年6月24日
    次代:サンテ・ベンティヴォーリオ
父:アントーニオ・ガレアッツォ・ベンティヴォーリオ
妻:ドンニーナ・ディ・ランチェッロット・ヴィスコンティ
子:アントーニア・ベンティヴォーリオ
  ジョヴァンニ2世・ベンティヴォーリオ
記載日:2006年10月27日以前

年表
 1443年6月上旬 ニッコロ・ピッチニーノによりパルマに拘禁されていた(1442年10月〜)が1443年6月5日に脱出してボローニャに入ったアンニーバレ1世・ベンティヴォーリオ(1413年〜1445年)らによるフィリッポ・マリーア・ヴィスコンティ支配に対する反乱が生じ、フィリッポ・マリーア・ヴィスコンティ軍を追放。
 1443年7月12日 アンニーバレ1世・ベンティヴォーリオを中心とするボローニャ政庁、ヴェネツィア・フィレンツェ同盟陣営と反フィリッポ・マリーア・ヴィスコンティの軍事同盟を結ぶ。
 1443年8月14日 この日頃までにボローニャは、ルイジ・ダル・ヴェルメ指揮のフィリッポ・マリーア・ヴィスコンティ軍を破るなどしてフィリッポ・マリーア・ヴィスコンティの支配を脱し、アンニーバレ1世・ベンティヴォーリオを君主として自由を獲得。
 1445年6月24日 ボローニャの支配者アンニーバレ1世・ベンティヴォーリオ、ボローニャ市内の政敵の謀略により刺殺される(1413年〜)。

別表記
 ベンティヴォッリ、ベンティヴォッリオ

外部リンク
 Wikipedia

参考文献
 『イタリア史』
 『君主論』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
ベンティヴォーリオ家
歴史人物辞典
そこそこアレな感じで