——Bartolomeo Bonatto——
バルトロメオ・ボナット
記載日:2015年2月1日

年表
 1460年7月 シエナにて、マントヴァ諸侯爵宛てに手紙を書く。

          今日ここで洗礼が執り行われたこと以外には、猊下に報告いたすべきことは何もありません。・・・・この町のさる貴族邸で、ロアン閣下(ギヨーム・デストゥトヴィル?)と教皇庁副尚書院長ロドリゴ・ボルジアが代父を勤められたのです。代父の庭園に招かれ、一同はそこへ赴き、名づけ子の娘も一緒に伴いました。大地の生み出すよきもの全てがそこにあり、見事な祝典でした。しかし、聖職者でない者は誰一人そこへ入ることはできませんでした。・・・・そこに入れなかったシエナの男は、各地で経験を積んだ、おどけた人物でしたが、次のように申しました。全く、1年後に生まれる子供たちが、その父親たちのような身なりでこの世に現れるのだったら、全部が僧侶になり、枢機卿になるだろうに。


外部リンク
 Treccani.it

参考文献
 『ルクレツィア・ボルジア―ルネッサンスの黄昏』
外交官