——Bartolomeo de' Cavalieri——
バルトロメオ・デ・カヴァリエリ
記載日:2013年6月21日

概要
 フランス駐在フェッラーラ公国大使。

年表
 1501年5月26日 シャロンにて、フェッラーラ公エルコーレ1世・デステ宛てに手紙を書く。フランス王ルイ12世ルクレツィア・ボルジアアルフォンソ1世・デステの結婚に反対し、代わりにルクレツィア・ボルジアフェッランテ・デステを結婚させ、ピオンビーノを与えようとしていること。
 1501年6月22日 リヨンにて、エルコーレ1世・デステ宛てに手紙を書く。エルコーレ1世・デステが教皇アレクサンデル6世に結婚を認めなければフェッラーラ公国を剥奪すると脅かされていると告げると、ルイ12世はフェッラーラは彼の保護下にありフランスが破滅しない限り無事であると答えた。
 1501年7月10日 エルコーレ1世・デステ宛てに手紙を書く。アレクサンデル6世が死んだ時、もはや誰と同盟を結べばいいのか分からなくなり、アルフォンソ1世・デステの立場は不確かなものとなろうことから、エルコーレ1世・デステがもし教皇の娘との結婚を認めるなら思慮が足りないと思うだろうと、ルイ12世が言った。
 1501年7月14日 エルコーレ1世・デステ宛てに手紙を書く。
 1501年7月21日 エルコーレ1世・デステ宛てに手紙を書く。
 1501年8月7日 リヨンにて、エルコーレ1世・デステ宛てに手紙を書く。

             閣下が使者を送られて、20万ドゥカート、賦課金の軽減、フェッラーラ司教叙任権の許可とその枢機卿会議での布告、その他特権を要求したことを、聖下が手紙にお書きになっていたと、昨日教皇アレクサンデル6世の特使が申しておりました。教皇は10万ドゥカートとその他を提示したそうです。教皇がゆくゆくはお与えになるつもりであり、エステ家の利益を増すことによって、どれほど大変気に入られているか示すことになるのですから、閣下は教皇をお信じになるべきです。加えて、閣下に助言を与えるようにイッポーリト・ディ・エルコーレ・デステ枢機卿へ手紙をお書きくださるようルイ12世陛下にお願い申し上げるように指示されたそうです。閣下に献身的な使用人として申し上げますが、もっとも余計なことではありますが、もしこの結婚が実現されるならば、「多くの約束と少ない履行」という風になされば、後悔されるようなことはありますまい。先の手紙に書きましたが、陛下は閣下と同じように願っておられ、もし結婚を成就するなら閣下ができる限りたくさんの利益を引き出されるだろうし、もし結婚を成就しなければアルフォンソ1世・デステに閣下がお選びになるフランスの淑女を与える用意があると、申されておりました。

 1501年8月8日 リヨンにて、エルコーレ1世・デステ宛てに手紙を書く。自身とチェーザレ・ボルジアにとって並々ならぬ利点のある結婚を成立させるために、エルコーレ1世・デステの要求に応じたと、アレクサンデル6世が教皇使節へ書いた。

 1503年9月8日 マコンにて、エルコーレ1世・デステ宛てに手紙を書く。ルクレツィア・ボルジアアレクサンデル6世の死をどう受け止めたか、ルイ12世に聞かれ、分からないと答えると、「この結婚に満足することはないと考えていたよ。ルクレツィア・ボルジアアルフォンソ1世・デステの本当の妻ではない」と言った。

別表記
 CavalleriCavaleride Cavaleriis

外部リンク
 Treccani.it

参考文献
 『Lucretia Borgia
外交官