Diego Ramírez de Quiñones

ディエゴ・ラミレス・デ・キニョーネス

生没:1470年頃~1512年4月12日

概要

 ディエゴ・ラミレス・デ・キニョーネスは、15世紀~16世紀の男性。チェーザレ・ボルジアに傭兵隊長として仕えた後、イタリア戦争でフェルナンド2世・デ・アラゴンにレオン王国騎士として仕える。

年表

1470年頃
レオン王国にて、生。
1503年11月
ディエゴ・ラミレス・デ・キニョーネスはチェゼーナマラテスタ要塞城主で、コンサルヴォ・ディ・ミラフォンテフォルリラヴァルディーノ城城主。ベルティノーロ城主と共にチェーザレ・ボルジアの名の下に守護していたが、教会から教会財産として返還を要求される。教皇特使と元チェーザレ・ボルジアの部下のスペイン人ペドロ・デ・オヴィエードが、要塞の明け渡し要求のためチェゼーナ到着。ペドロ・デ・オヴィエードと会見し、彼を反逆者として糾弾、殺害。
1503年
チェゼーナで反乱発生。スペイン人、イタリア人、ドイツ人の兵1百から1百20を率いてマラテスタ要塞を防衛。市民は広場を襲撃。ボローニャ領主ジョヴァンニ2世・ベンティヴォーリオからの援軍が、新教皇ユリウス2世の名の下ラグーザ司教ジョヴァンニ・サッキ指揮でマラテスタ要塞を攻囲、城壁を破壊。
1504年1月
チェーザレ・ボルジアと教会の交渉が始まり、反逆者へ広場を明け渡す。
1504年3月10日
交渉成立。ディエゴ・ラミレス・デ・キニョーネスが広場を明け渡す。
1504年4月19日
チェーザレ・ボルジア軍から除隊。
150?年
ナポリへ行き、ゴンザロ・デ・コルドバに仕える。
1511年
1511年終わり、神聖同盟軍のゴンザロ・デ・コルドバ軍所属。
1512年4月12日
ラヴェンナの戦いにて、ファブリツィオ・コロンナ指揮の前衛を務め、死。

別表記

 Diego Chignone

外部リンク

 Wikipedia

参考文献

 『The Life of Cesare Borgia

記載日

 2017年9月30日