Domenico Capranica

ドメニコ・カプラーニカ

生没:1400年5月31日~1458年7月14日
出身:カプラーニカ・プレネスティーナ
在位:枢機卿 1423年7月23日~1458年7月14日
       任命した教皇:マルティヌス5世
父:ニッコロ・カプラーニカ
母:ヤコベッラ

概要

 ドメニコ・カプラーニカは枢機卿。パンタガーティが苗字であるが、アンジェロ・カプラーニカと共に出身地を苗字とする。

年表

1415年
パドヴァ大学で、ジュリアーノ・チェザリーニの下で学ぶ。
14??年
ボローニャ大学で学ぶ。
1418年
マルティヌス5世の秘書。
14??年
教会財務官。
1423年2月3日
教皇の部屋付き聖職者として指名される。
1424年
シエナの会議に出席。
1425年
法学博士号を取得。
1425年12月3日
教皇の部屋付き聖職者として承認される。
14??年
教会首席書記官。
14??年
メス、ボローニャペルージア、キウージ、トルトーナの教区から空位の聖職禄を受ける。
1423年7月23日
秘密枢機卿会議にて、枢機卿に指名される。
1426年5月24日
枢機卿会議にて、枢機卿として承認される。しかし公表されず。
1425年
フェルモ司教に選出される。承認については情報なし。
1426年
フォルリ知事。
14??年
マッツァローヴォの教区教会とイーモラの教区の空位の聖職禄を受ける。
1428年
ボローニャの教皇代理に指名される。しかし民衆の暴動のため退去を余儀なくされる。
1429年
ボローニャの教皇代理の地位を回復する。
1430年11月8日~1458年7月14日
枢機卿として公表され、サンタ・マリア・イン・ヴィア・ラータ助祭枢機卿を授与される。
フェルモの教区長。
1430年
ペルージアスポレートの知事。
赤い帽子はまだ送られていなかった。当時は第一級の教皇代理を占める枢機卿に送られるものだったが、ペルージアはそれには当てはまらなかったのである。
1430年11月11日
ニッコロ・アルベルガーティ枢機卿から祝賀状をもらう。
1430年11月19日
プロスペロ・ディ・ロレンツォ・コロンナ枢機卿から祝賀状をもらう。
1430年11月30日
ジュリアーノ・チェザリーニから祝賀状をもらう。

別表記

 ドメニコ・カプラニカ

外部リンク

 GCatholic.com
 The Cardinals of the Holy Roman Church
 Treccani
 Wikipedia

参考文献

 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルネサンス宮廷大全』

記載日

 2005年5月29日以前