Francesco III Gonzaga

フランチェスコ3世・ゴンザーガ

生没:1533年3月10日~1550年2月21日
在位:第2代マントヴァ公 1540年~1550年
    先代:フェデリーコ2世・ゴンザーガ
    次代:グリエルモ・ゴンザーガ
   モンフェッラート侯 1540年~1550年
    先代:フェデリーコ2世・ゴンザーガ
    次代:グリエルモ・ゴンザーガ
父:フェデリーコ2世・ゴンザーガ
母:マルゲリータ・パレオロガ
妻:カタリーナ・フォン・ハプスブルク

概要

 フランチェスコ3世・ゴンザーガは、16世紀のイタリアの男性。

年表

1540年6月28日
マントヴァ公・モンフェッラート候フェデリーコ2世・ゴンザーガ死(1500年~:マントヴァ候・公在位1519年~1530年・1530年~:モンフェッラート候在位1536年~)——フランチェスコ3世・ゴンザーガ(1533年~)、マントヴァ公・モンフェッラート候となるが、幼少の公・候の摂政として故人の妻マルゲリータ・パレオロガ(?~1566年)と弟・枢機卿エルコーレ・ゴンザーガ(1505年~1563年:在位1527年~1563年)が両領国を支配。
1543年6月12日
フランソワ1世戦に対処するためスペインから海路イタリアに入り、アルフォンソ3世・ダヴァーロスピエル・ルイジ・ファルネーゼフランチェスコ3世・ゴンザーガ及びコジモ1世・デ・メディチらの表敬訪問を受けていたカール5世、この日パヴィアコジモ1世・デ・メディチに、フィレンツェ領内の城塞を巨額の軍資金との引き換えで返還すると約束。1543年7月3日?、返還。
1549年10月27日
フランチェスコ3世・ゴンザーガ、母と叔父の後見(1540年~)を脱し、フェルディナンドの次女カタリーナ・フォン・ハプスブルク(1533年~1572年)と結婚。
1550年2月21日
1549年10月母と叔父の後見を脱したばかりのフランチェスコ3世・ゴンザーガ死(1533年~:マントヴァ公・モンフェッラート候在位1540年~)——グリエルモ・ゴンザーガ(1538年~1587年)、マントヴァ公・モンフェッラート候位を継ぎ(在位~1587年)、叔父エルコーレ・ゴンザーガ、再び摂政となる。

外部リンク

 ウィキペディア
 世界帝王事典
 Genealogy.EU
 Libro d'Oro della Nobiltà Mediterranea
 The Medici Archive Project

参考文献

 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルネサンス宮廷大全』
 『ルネサンスの華』

記載日

 2006年10月27日以前