Francesco Soderini

フランチェスコ・ソデリーニ

生没:1453年6月19日~1524年5月17日
在位:ヴォルテッラ司教 1478年3月11日~1509年5月23日
   枢機卿 1503年5月31日~1524年
       任命した教皇:アレクサンデル6世
父:トンマーゾ・ソデリーニ
母:ディアノーラ・トルナブオーニ

概要

 フランチェスコ・ソデリーニは、15世紀~16世紀の男性、聖職者、枢機卿。

年表

1480年11月20日
フェッランテ・ダラゴーナの勧告に従い、シクストゥス4世に謝罪し許しを乞うフランチェスコ・ソデリーニ、ジーノ・ディ・ネリ・ディ・ジーノ・ディ・ネリ・カッポーニジョヴァンニ・トルナブオーニら12名からなる使節団をローマに送る。
1501年10/11月
この頃?、ヴォルテッラの司教フランチェスコ・ソデリーニとルカ・ダントーニオ・デリ・アルビッツィルイ12世と宰相ジョルジュ・ダンボワーズのもとに送り、ブロワで、ナポリ攻略の成功に対する祝意を表すると共に、チェーザレ・ボルジアのトスカーナ攻略からフィレンツェを防衛してくれるよう懇請するが、冷たく拒絶される。
1502年6月22日
ルイ12世の支持と援軍の到着するまでチェーザレ・ボルジアの動きを制止するため、その要求に従って特使を派遣することを決め、フランチェスコ・ソデリーニとニッコロ・マキアヴェッリを送り出す。
1502年6月24日
夕刻、ニッコロ・マキアヴェッリと共にウルビーノ到着。
22時(2刻)、チェーザレ・ボルジアと会見(1502年6月25日)。
1502年6月25日
パオロ・オルシーニに訪問される。
23時(3刻)、チェーザレ・ボルジアと会見。
1502年6月26日
ウルビーノにて、直筆で手紙を書く。

 今朝ニッコロ・マキアヴェッリが出発いたしました。手紙とそして、全てを共にしていたニッコロ・マキアヴェッリの口から直接聞くことで、正確な情報を得、より良い結論に達するでしょう。
1502年7月
フィレンツェ共和国は、シャルル・ダンボワーズから、カンピ・ビゼンツィオでのチェーザレ・ボルジアとの条項を少なくとも一部分は履行し、譲歩して折り合うよう忠告される。
1502年7月9日
ウルビーノにて、手紙をしたためる。チェーザレ・ボルジアが、「それぞれを許し、昨年ジョヴァンニ2世・ベンティヴォーリオが信念の下に行ったようなことをしてはならない。数々の悪いことが起こったため彼は第一の敵と成り果て、絶えず保身を図らざるを得なくなった。」と話した。
1502年7月19日
シニョーリアの指示に従い、チェーザレ・ボルジアと何も約束せず時間稼ぎをし、この日、ウルビーノ出発。
1503年6月1日
この日?、フランチェスコ・ソデリーニが枢機卿に任命され、フィレンツェで盛大な祝賀行事が繰り広げられる。
1503年11月22日
ユリウス2世、フランチェスコ・ソデリーニら2名の枢機卿をオスティアチェーザレ・ボルジアのもとに派遣し、なお彼に忠誠を誓うチェゼーナなどロマーニャの領国の全面返還を要求。チェーザレ・ボルジアはこれを即座に拒絶。
1521年12月
枢機卿フランチェスコ・ソデリーニ、フランソワ1世の支援を得てシエナ領内にLorenzo Orsiniを指揮者とする傭兵軍を結成し、フィレンツェ攻撃、メディチ政権転覆を狙うが失敗。
1522年春
フランチェスコ・ソデリーニ、再びフィレンツェ攻撃、メディチ政権転覆を試みるが、フランソワ1世からの援軍がロンバルディアでの戦闘に向かったため失敗に終わる。
1522年5月下旬
フランチェスコ・ソデリーニの軍事行動と結んでジューリオ・デ・メディチを1522年6月19日殺害しピエロ・ソデリーニを終身正義の旗手として復帰させることなどを企んでいた陰謀発覚し、首謀者の内Iacopo da DiaccetoLuigi di Tommaso Alamanniは逮捕されるが、ツァノービ・ブォンデルモンティ、Luigi di Piero AlamanniA. Brucioliヴェネツィアに逃亡。後正式に追放処分を下される。
1523年4月27日
フランチェスコ・ソデリーニ、フランソワ1世に艦隊で教皇領シチリアを攻撃してカール5世のロンバルディア駐在軍をそこにひきつけながらフランソワ1世自身が速やかに北部イタリアに侵攻するよう勧めたとされ、ハドリアヌス6世の命により深夜、逮捕されてサンタンジェロ城に幽閉される。この処置に、ハドリアヌス6世と親密でその施策に影響を与えることの多いジューリオ・デ・メディチの反ソデリーニ家の意図と周到な工作が強く働く。以後ジューリオ・デ・メディチ教皇庁内での力、とみに強まる。
1524年5月17日
フランチェスコ・ソデリーニ、死。

外部リンク

 GCatholic.com
 Google Books
 Google Books
 Libro d'Oro della Nobiltà Mediterranea
 Wikipedia

参考文献

 『イタリア史』
 『君主論』
 『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』
 『フィレンツェ史』
 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『メディチ家の人びと』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルクレツィア・ボルジア―ルネッサンスの黄昏』
 『ルネサンスの華』
 『The Life of Cesare Borgia

記載日

 2005年5月29日以前