François II

フランソワ2世

生没:1544年~1560年
在位:フランス王 1559年~1560年
    先代:アンリ2世
    次代:シャルル9世
父:アンリ2世
母:カトリーヌ・ド・メディシス
妻:メアリー・スチュアート

概要

 フランソワ2世は、16世紀の男性、フランス王。

年表

1548年7月7日
結婚縁組によるイングランドとスコットランドの合体を妨げたいアンリ2世と、軍による攻撃など強硬策を続けるイングランドへの反発・憎悪を強めるスコットランド、スコットランドの独立と安全を保障するとのアンリ2世の提言を機に接近し、アンリ2世の長子フランソワ2世(1544年~1560年:フランス王1559年~1560年)とスコットランドの女王メアリー・スチュアートの結婚協定を、エディンバラ近郊ハディントンで締結。メアリー・スチュアートは1548年7月末、スコットランドを発ってフランスに向かう。
1558年4月24日
アンリ2世の王太子フランソワ2世とスコットランド女王メアリー・スチュアート、結婚協定(1548年)に従い、パリのノートル=ダム大聖堂で結婚式を挙げる。これによりフランソワ2世、スコットランドの協同統治権(婚姻による王冠)を獲得。
1558年11月17日
メアリー1世死(1516年~:在位1553年~)。
エリザベス、イングランド王に即位しエリザベス1世を名乗る(在位~1603年)。
これに対しアンリ2世、庶子エリザベス1世の王位継承にが疑義があるとし、自身の王太子フランソワ2世の妻メアリー・スチュアートこそ正統なイングランド王位継承権を有すると主張。以後フランソワ2世メアリー・スチュアート、「イングランド・スコットランド・アイルランド王及び女王」の称号を用い続ける。
1558年11月29日
スコットランド議会、メアリー・スチュアートの夫フランソワ2世に配偶者王位継承権を認める。
1559年7月10日
アンリ2世死(1519年~:在位1547年~)——王太子フランソワ2世(1544年~)、フランス王に即位しフランソワ2世を名乗る(在位~1560年)。
15歳の幼王の即位後間もなく、王妃メアリー・スチュアートの外戚で熱狂的なカトリック信徒ギーズ一門、実権を掌握。
1560年12月5日
フランソワ2世死(1544年~:在位1559年~)——シャルル9世(1550年~1574年)、フランス王に即位し、シャルル9世を名乗る(在位1560年~1574年)。母后カトリーヌ・メディシス、10歳の幼王の事実上の摂政として実権を掌握。
これにより、前王妃メアリー・スチュアートの外戚ギーズ一門の権勢、崩壊。

外部リンク

 ウィキペディア
 Find A Grave
 Genealogy.EU

参考文献

 『カトリーヌ・ド・メディシス』
 『世界悪女大全』
 『世界大百科事典』
 『メディチ家』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』

記載日

 2006年5月4日以前