Gian Jacopo Simonetta

ジャン・ヤコポ・シモネッタ

生没:1452年9月29日~
出身:クレモーナ
父:チッコ・シモネッタ
母:エリザベッタ・ディ・ガスパーレ・ヴィスコンティ

概要

 ジャン・ヤコポ・シモネッタは、15世紀頃のイタリアの男性。ミラノ公国の秘密評議会の書記を務めていた。秘密評議会とは、通常はミラノの貴族のみによって構成される廷臣による助言機関。

年表

1452年9月29日
クレモーナにて、生(1453年)。
1476年12月26日(木)
サント・ステファノの日。ミラノガレアッツォ・マリーア・スフォルツァが暗殺される。
1476年
チッコ・シモネッタは秘密評議会の即時改組を実施し、自身とジョヴァンニ・シモネッタ及び軍事顧問オルフェオ・ダ・リカーヴォを最も影響力のあるメンバーとする。ジャン・ヤコポ・シモネッタが書記に選ばれる。
1476年12月30日
評議会に統治の全権を与える発足文書をしたためる。
1479年1月9日
ミラノロレンツォ・イル・マニーフィコ宛書簡をしたためる。教皇シクストゥス4世とナポリフェッランテ・ダラゴーナはスイス傭兵を雇い、軍勢はアルプスを越えてミラノ公国に侵入し、山地の農場を襲撃。トルコ軍よりも恐ろしかったという。
1479年1月22日
ミラノロレンツォ・イル・マニーフィコ宛書簡をしたためる。ガレアッツォ・マリーア・スフォルツァが死んで以来、ミラノ公国は安全保障と戦争のために百60万ドゥカートをすでに費やしたという。

備考

 フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロが名付け親。

別表記

 ジャン・ジャーコモ、Gian Giacomo SimonettaGiovanni Giacomo

参考文献

 『ロレンツォ・デ・メディチ暗殺』

記載日

 2011年5月2日