Giovanni Vitelleschi

ジョヴァンニ・ヴィテレスキ

生没:1390年~1440年4月1/2日
在位:教会の旗手 1433年~1434年
   フィレンツェ大司教 1435年~1437年
   枢機卿 1437年8月9日~1440年4月1/2日
       任命した教皇:エウゲニウス4世

概要

 ジョヴァンニ・ヴィテレスキは、14世紀~15世紀のイタリアの男性、聖職者、枢機卿。

年表

1390年~1400年
生。
1434年9月25日
自派の没落の危機を痛感し武装蜂起によって一気に状況を逆転しようと狙ってきたリナルド・デリ・アルビッツィは、この日、自身の親衛隊に政庁舎占拠態勢を取らせながら実行の機を捉えられずにいる内、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会からエウゲニウス4世が、司教ジョヴァンニ・ヴィテレスキを遣わして調停、事態収拾工作に乗り出す。
1434年10月
エウゲニウス4世の逃亡後、無秩序状態が続き教皇帰還を求める動きが活発化したローマに、エウゲニウス4世の使節ジョヴァンニ・ヴィテレスキが到着し、市民に歓呼をもって迎えられる。以後ジョヴァンニ・ヴィテレスキは、教会支配の復活を準備。
1434年夏以降敗戦の続くフィレンツェ、大金を払ってフランチェスコ1世・スフォルツァと傭兵契約を交わし、彼とその軍をヴェネツィア・フィレンツェ同盟軍に加える。
ジギスムント・フォン・ルクセンブルク、16か条からなる帝国改革計画を公表して帝国諸身分の意見を求めると共に、次の帝国議会で帝国改革について議決するよう提案。
しかし、諸侯も都市の意見が対立し、帝国改革計画は実行を挙げ得ずに終わる。

在位

 教会の旗手 1433年~1434年
 フィレンツェ大司教 1435年10月12日~1437年8月9日
 枢機卿 1437年8月9日~1440年4月1/2日
     任命した教皇:エウゲニウス4世

外部リンク

 GCatholic.com
 The Cardinals of the Holy Roman Church
 Treccani.it
 Wikipedia

参考文献

 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『Lucretia Borgia

記載日

 2005年5月29日以前