Isabella d'Aragona

イザベッラ・ダラゴーナ

生没:1470年10月2日~1524年2月11日
出身:ナポリ
没地:バーリ
在位:バーリ公 1499年~1524年
    先代:ルドヴィーコ・イル・モーロ
父:アルフォンソ2世・ダラゴーナ
母:イッポーリタ・ディ・フランチェスコ・スフォルツァ
夫:ジャン・ガレアッツォ・スフォルツァ
子:フランチェスコ・スフォルツァ
  イッポーリタ・マリーア・スフォルツァ
  ボーナ・スフォルツァ
  ビアンカ・マリーア・スフォルツァ

概要

 イザベッラ・ダラゴーナは、15世紀~16世紀のイタリアの女性。

年表

1470年10月2日
ナポリで生。
1488年12月22日
ナポリにて、ジャン・ガレアッツォ・スフォルツァと婚約。
1489年2月17日
ナポリから海路ジェノヴァに到着。間もなくミラノに向かう。
1494年10月14日
フランス王シャルル8世パヴィア到着。ヴィスコンティ城に滞在。
フランス王の足下にひれ伏し、この王が彼女の出身ナポリ王家を打ち破るためにイタリアに入ったことを知りながらも、スフォルツァ家の正統の子孫である彼女の夫と息子たちを救い、ルドヴィーコ・イル・モーロの不当な主張を退けて頂きたいと哀願。
1499年
ルドヴィーコ・イル・モーロからバーリをもらう(1500年11月)。
1512年10月14日
バーリにて、ビシェリエ市長ペロット・カステッラル宛てに手紙をしたためる。

 ペロット殿へ。甥の故ビシェリエ公ロドリゴ・ダラゴーナの歳入から、支払わなければならないものを支払わせるように、コラートの者たちを従わせるよう頼みます。近々、フェッラーラ公妃ルクレツィア・ボルジアから請求書が送付されるため、もしお金がまだ用意されていないのであれば大変困ったことになります。コラートの者たちが先延ばしすれば、即刻お金を捻出しなければならなくなるかもしれません。このようなわけで、これ以上不都合を被らないよう、すぐに支払を受けるよう、取り計らってください。この義務を果たせば、恩義に報います。
1524年2月11日
バーリで死。

チェーザレ・ボルジア数

 きょうだいアルフォンソ・ダラゴーナ→妻ルクレツィア・ボルジア→きょうだいチェーザレ・ボルジア
 きょうだいサンチャ・ダラゴーナ→夫ホフレ・ボルジア→きょうだいチェーザレ・ボルジア
 きょうだいフェッランディーノ・ダラゴーナ→妻ジョヴァンナ・ダラゴーナ→母フアナ・ダラゴーナ→母フアナ・エンリケス→きょうだいエンリケ・エンリケス→子マリーア・エンリケス→夫フアン・ボルジア→きょうだいチェーザレ・ボルジア

外部リンク

 ウィキペディア
 Genealogy.EU
 JDA's Family Tree
 kleio.org
 Libro d'Oro della Nobiltà Mediterranea
 Treccani

参考文献

 『イタリア史』
 『イタリア・ルネサンスの文化』
 『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』
 『フィレンツェ史』
 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルドヴィコ・イル・モーロ―黒衣の貴族』
 『ルクレツィア・ボルジア―ルネッサンスの黄昏』
 『ルネサンス宮廷大全』
 『ルネサンス舞踊紀行』
 『ルネサンスの女たち』
 『ルネサンスの華』
 『ルネサンスの歴史』
 『ロレンツォ・デ・メディチ暗殺』
 『Lucretia Borgia
 『The Life of Cesare Borgia

記載日

 2005年5月29日以前