Isabella d'Este

イザベッラ・デステ

生没:1474年5月14日~1539年2月13日
出身:フェッラーラ
没地:マントヴァ
父:エルコーレ1世・デステ
母:エレオノーラ・ダラゴーナ
夫:フランチェスコ2世・ゴンザーガ
子:エレオノーラ・ゴンザーガ
  フェデリーコ2世・ゴンザーガ
  リヴィア・ゴンザーガ
  イッポーリタ・ゴンザーガ
  エルコーレ・ゴンザーガ
  フェッランテ・ゴンザーガ
  マルゲリータ・ゴンザーガ
  パオラ・ゴンザーガ

概要

 イザベッラ・デステは、15世紀~16世紀のイタリアの女性。

教養

 グァリーノ・ダ・ヴェローナの息子バッティスタの下で古典を習う。

性格

 大胆な計画を思いついてそれを国家の名において主張することのできる統治能力を持ち、極めて聡明であり、卑劣さの少しもない野心家であり、支配するために生まれ、女臭い装身具などでごまかされないと言ってのける女丈夫。

年表

1474年5月14日
生(1474年5月17日、1474年5月18日)。
1490年2月11日
フランチェスコ2世・ゴンザーガとフェッラーラで盛大華麗な結婚式を挙げる。10年前の婚約を実現。
1490年12月29日(水)
午前中、イザベッラ・デステの行列がマントヴァ出発。
1491年1月17日
ベアトリーチェ・ディ・エルコーレ・デステルドヴィーコ・イル・モーロと結婚。
1492年10月31日
長女エレオノーラ・ゴンザーガ出産。
1493年10月11日
エレオノーラ・ダラゴーナ死去。
1497年1月2日
ベアトリーチェ・ディ・エルコーレ・デステ死去。
1499年12月4日
カルロ・カナーレ宛てに手紙をしたためる。
1500年1~2月
この頃、レオナルド・ダ・ヴィンチマントヴァに滞在して彼女の肖像を描く。
1500年5月17日
長男フェデリーコ2世・ゴンザーガ出産。
1501年
チェーザレ・ボルジアから、彼の娘ルイーズ・ボルジアと2歳のフェデリーコ2世・ゴンザーガとの婚約を申し込まれる。要求を辛うじて退ける。
1502年1月31日
マントヴァ出発。コトローネ候妃エレオノーラ・オルシーニ・デル・バルツォが同行。
1502年2月1日(火)
フェッラーラにて夫フランチェスコ2世・ゴンザーガ宛てに手紙をしたためる。「ルクレツィア・ボルジアの姿形については何も書きますまい。閣下は実際に見たことがおありになるのですから」
1502年2月2日(水)
フェッラーラにてフランチェスコ2世・ゴンザーガ宛てに手紙をしたためる。1502年2月1日のルクレツィア・ボルジアフェッラーラ入城の行進の様子。
1502年2月3日(木)
フェッラーラにてフランチェスコ2世・ゴンザーガ宛てに手紙をしたためる。自身の性格と随行員たちに関して、比較に耐えられ、称賛をさらうことすらできるように願っている。「実際のところ、結婚式は甚だ味気ないものでした。再びマントヴァに戻るまで、千年もかかりそうな感じがします。閣下と息子に会いたく、楽しみなど全くないこの地から早く離れたくて仕方がありません。この結婚式に出席できたことをうらやましがることはございません。とてもよそよそしく、マントヴァに残った人たちをうらやましく思います」
1502年2月5日(土)
フランス大使フィリッポ・デッラ・ロッカ・ベルティを夕食に招き、エリザベッタ・ゴンザーガとの間に彼は座る。食事後、彼の歓待のためにリュートに合わせて歌う。部屋に案内し、2人の侍女と共に1時間ほど会話し、着けていた手袋を贈る。
フェッラーラにてフランチェスコ2世・ゴンザーガ宛てに手紙をしたためる。
1502年2月9日(水)
灰の水曜日四旬節初日。フェッラーラにてフランチェスコ2世・ゴンザーガ宛てに手紙をしたためる。
1502年2月14日(月)
マントヴァ到着。
1502年2月18日(金)
マントヴァにて、ルクレツィア・ボルジア宛てに手紙をしたためる。
 貴き淑女へ。あなたへの愛と、出発の時と変わらぬ健康を保っていて欲しいという気持ちは、あなたも同じように感じていらっしゃることと願います。それ故、うれしく思ってくださるといいのですが、ご報告申し上げます。最善の状態で月曜日にこの町に戻り、私の夫もまた壮健であることを知りました。実の妹のようにあなたの幸福を喜ぶ気持ちから、あなたがどうなされているか尋ねること以上に書かなければならないことなどありません。すでにあなたのものであるものを差し出すのは無用なこととは存じ上げますが、きっぱり申し上げますと、私や私の所有物はあなたの仰せのままです。私も大変お世話になっております。あなたの夫、私の弟に、私を覚えていてほしいとお伝えください。
マントヴァにて、アドリアーナ・デル・ミラ宛てに手紙をしたためる。
1503年1月10日
フランチェスコ2世・ゴンザーガ宛てに手紙をしたためる。
1503年1月15日
チェーザレ・ボルジア宛てに手紙をしたためる。
 ヴァレンティーノ公殿へ。
 あなたと私の夫との友情がために、親しみやすいお手紙でお知らせくださるに足る好転は、私たちに陽気な喜びをもたらしました。そのため、彼と私たちの名において、あなたに訪れた幸運にお祝い申し上げます。また、お知らせくださいますこと、有益なものになることを期待するこれからのことに助言をくださることに感謝しております。あなたを敬愛しておりますことゆえ、閣下のご成功とご進展をお喜びすることができるように、ご計画についてあなたから頻繁に知らせが届くことを願います。壮大な企ての従事による興奮と疲労の後で、娯楽を楽しみたいことでしょうから、宮廷人のジョヴァンニをやって百の仮面を届けさせましょう。もちろん、閣下の偉大さと、私たちの思いに釣り合わない些細な贈り物だとは分かっておりますけれども、もしもっと価値の高く相応しいものが私たちの国にあれば、それを差し上げていただろうことを示しているのです。仮面がそれほど美しくなかったならば、それは数年間仮面を被ることを法律で禁じられ、ずっと以前に作るのを止めてしまったフェッラーラの職人のせいです。ですが、私たちの善意と愛が欠点を補ってくれますように願います。ジョルジョ・ブロニョーロを通して合意した保証条項の聖下のご決断について、閣下のお知らせがあるまで、今のところ私たちのことに関する限り何ら新しく伝えることはございません。そのため、楽しみに待ち、満足な結果になることを期待しております。あなたに忠誠を。
1539年2月13日
死。

肖像

 イザベッラ・デステの肖像

座右の銘

 夢もなく、恐れもなく Nes spe nec metu

チェーザレ・ボルジア数

 きょうだいアルフォンソ1世・デステ→妻ルクレツィア・ボルジア→きょうだいチェーザレ・ボルジア

別表記

 イザベラ・ゴンツァーガ

外部リンク

 ウィキペディア
 世界帝王事典
 文化広報誌:SPAZIO
 engramma
 Genealogy.EU
 Project Gutenberg - Beatrice d'Este, Duchess of Milan, 1475-1497 by Julia Cartwright
 Internet Archive - Isabella d'Este : Ady, Julia Mary Cartwright
 JDA's Family Tree
 rodinbook.nl
 THE BORGIAS wiki
 Treccani.it

参考文献

 『愛の年代記』
 『イタリア・ルネサンスの文化』
 『世界の歴史16 ルネサンスと地中海』
 『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』
 『フィレンツェ史』
 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルクレツィア・ボルジア―ルネッサンスの黄昏』
 『ルドヴィコ・イル・モーロ―黒衣の貴族』
 『ルネサンス宮廷大全』
 『ルネサンス百科事典』
 『ルネサンスの女たち』
 『ルネサンスの華』
 『ルネサンスの歴史』
 『ルネサンス舞踊紀行』
 『ルネッサンスの光と闇』
 『ルネッサンス夜話』
 『Lucretia Borgia
 『The Life of Cesare Borgia

記載日

 2005年5月29日以前