Juan Llançol

フアン・ランソル・イ・ボルハ

生没:1446年~1503年8月1日
没地:ローマ
在位:モンレアーレ大司教 1483年~1503年
    次代:フアン・カステリャール
   枢機卿 1492年8月31日~1503年8月1日
       任命した教皇:アレクサンデル6世
父:ペドロ・ギーエン・ランソル
母:フアナ・デ・ボルハ

概要

 フアン・ランソルは、15世紀~16世紀の男性、聖職者、枢機卿。チェーザレ・ボルジアのいとこ。

年表

1492年8月31日
アレクサンデル6世により、教皇即位後初の枢機卿会議で、枢機卿に叙任される(1492年9月1日)。
1493年6月12日
ルクレツィア・ボルジアジョヴァンニ・スフォルツァヴァティカン宮殿での結婚式に参列。
1494年4月18日
アルフォンソ2世・ダラゴーナのナポリ王戴冠式のための教皇特使に任命される。
1494年4月24日
ヨハン・ブルカルトを伴って、ローマ出発。
1494年5月8日
アルフォンソ2世・ダラゴーナに戴冠する(1494年5月7日)。
1497年6月14日
ヴァノッツァ・デイ・カッタネイ主催の宴に出席。
1499年9月半ば
ヴェネツィア共和国に派遣される。
1499年10月6日
フランス王ルイ12世ミラノ入城に参列。
1499年
フアン・ランソルとジュリアーノ・デッラ・ローヴェレ枢機卿が、ミラノにいるチェーザレ・ボルジアの軍資金4万5千ドゥカートの保証人になる。
1503年8月1日
病床に就く。
アヴェ・マリアの時間頃、ローマにて、死(1503年8月5日)。死因はおそらく酷暑でローマに蔓延していたマラリア。

在位

 モンレアーレ大司教 1483年9月13日~1503年8月1日
  次代:フアン・カステリャール
 枢機卿(任命アレクサンデル6世) 1492年8月31日~1503年8月1日
 サンタ・スザンナ司祭枢機卿 1492年8月31日~1503年8月1日
 オロモウツ教区長 1493年2月8日~1497年1月30日
 フェッラーラ司教 1494年10月29日~1503年8月1日
 コンスタンティノープル総主教 1503年4月24日~1503年8月1日

チェーザレ・ボルジア数

 母フアナ・デ・ボルハ→きょうだいアレクサンデル6世→子チェーザレ・ボルジア

別表記

 ホアン・ボルジア・ランソル1世、ジョヴァンニ・ボルジア、モンレアーレ枢機卿、Juan BorgiaGiovanni BorgiaCardinal of MonrealeJuan de Borja Lanzol de Romaní, el mayor

外部リンク

 世界帝王事典
 GCatholic.com
 The Cardinals of the Holy Roman Church
 Wikipedia

参考文献

 『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』
 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルクレツィア・ボルジア―ルネッサンスの黄昏』
 『ルネサンスの女たち』
 『Lucretia Borgia
 『The Life of Cesare Borgia

記載日

 2006年10月27日以前