Juana I de Trastámara

フアナ1世・デ・トラスタマラ

生没:1479年11月6日~1555年4月12日
父:フェルナンド2世・デ・アラゴン
母:イサベル1世・デ・カスティーリャ
夫:フェリペ1世
子:レオノール・デ・アウストリア
  カール5世
  フェルディナント1世
  マリア・フォン・ハプスブルク
  カタリナ・デ・アブスブルゴ

概要

 フアナ1世・デ・トラスタマラは、15世紀~16世紀の女性。

年表

1496年10月21日
マクシミリアン1世の子でブルゴーニュ公フェリペ1世(1478年~1506年:在位1482年~:但し1494年まで父マクシミリアン1世が摂政)、フェルナンド2世・デ・アラゴンイサベル1世・デ・カスティーリャ両王の娘フアナ1世・デ・トラスタマラ(1479年~1555年)と結婚。
1504年11月26日
イサベル1世・デ・カスティーリャ、死。フェルナンド2世・デ・アラゴンイサベル1世・デ・カスティーリャのスペイン共同統治終わる(1479年~1504年)。
両王の娘フアナ1世・デ・トラスタマラは、カスティーリア王位を継ぐが、フェルナンド2世・デ・アラゴンが摂政としてカスティーリアを統治(1504年~1506年)。これに対し、自ら摂政の位を望むフアナ1世・デ・トラスタマラの夫、ブルゴーニュ公フェリペ1世は不満を抱く。
1506年4月
病弱な妻フアナ1世・デ・トラスタマラの摂政としてカスティーリャを支配しようとするフェリペ1世、その位を求めて彼女と共にカスティーリャに到着。フェルナンド2世・デ・アラゴンに反感を抱く貴族たちの支持を受ける。

別表記

 ホアナ、ジョヴァンナ、Juana la Loca

外部リンク

 ウィキペディア
 世界帝王事典
 Find A Grave
 Foundation for Medieval Genealogy
 Genealogy.EU
 kleio.org
 Libro d'Oro della Nobiltà Mediterranea
 The Medici Archive Project

参考文献

 『世界大百科事典』
 『ルネサンス百科事典』
 『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』
 『世界悪女大全』
 『ハプスブルク家』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『フィレンツェ史』

記載日

 2006年10月27日以前