Leon Battista Alberti

レオン・バッティスタ・アルベルティ

生没:1404年2月18日~1472年4月25日
出身:ジェノヴァ
没地:ローマ
在位:教皇書記官 1432年~1464年
父:ロレンツォ・アルベルティ

概要

 レオン・バッティスタ・アルベルティは、15世紀のイタリアの男性、庶子、建築家、画家、芸術理論家、人文主義者

著作

 建築論

設計

 サンタンドレア聖堂

作品


ニッコロ3世・デステ騎馬像

年表

1404年2月18日
ジェノヴァ?に生(1404年2月14日)。
1434年
教皇書記官としてエウゲニウス4世に従ってフィレンツェに入る。
1435年9月26日
コジモ・イル・ヴェッキオやその庇護を受ける文人、芸術家と交流を重ねながらDe pictura(絵画論)を執筆、公表。
1436年7月17日
De pictura(1435年)のイタリア語訳Della pitturaを公表。この中で線遠近法の理論を展開。
1436年
De statua(彫刻論)を執筆。
1437年9月30日
De jure(法について)をボローニャで執筆。(1499年頃フィレンツェで刊)
1439~1443年
Teogenio(市民生活論)を執筆。
1441年
この頃までに、Della famiglia(家族論)全4篇を完成。
1452年
建築論』10篇を完成し、ニコラウス5世に献呈。
1472年4月25日
ローマで死。
1485年
遺作『建築論』、アンジェロ・ポリツィアーノの序文を付してフィレンツェで初めて刊行され、ロレンツォ・イル・マニーフィコに献呈される。
1490年
この年?、遺作Teogenio(市民生活論)が、De republica, de vita civile et rusticana et de fortuna(国家、都市及び田園生活、富について)と改題され、フィレンツェで刊。(但し異説多し)

別表記

 レオン・バティスタ、レオン・バチスタ、レオン・バッチスタ・アルベルティ

外部リンク

 ウィキペディア
 trionfi
 Treccani.it

参考文献

 『イコノロジー研究
 『イタリア・ルネサンスの文化』
 『快楽の中世史』
 『逆光のメディチ』
 『世界大百科事典』
 『世界の歴史16 ルネサンスと地中海』
 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『ミラノ―ヴィスコンティ家の物語』
 『メディチ家』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルネサンス宮廷大全』
 『ルネサンス精神の深層』
 『ルネサンス百科事典』
 『ルネッサンスの光と闇』

記載日

 2005年5月29日以前