Leonardo Bruni

レオナルド・ブルーニ

生没:1370年頃~1444年3月9日
出身:アレッツォ
没地:フィレンツェ
在位:フィレンツェ共和国書記官長 1410年~1411年、1427年~1444年
    後任:カルロ・マルズッピーニ
子:ドナート・ブルーニ

概要

 レオナルド・ブルーニは、アレッツォ生まれの外交官、書記官、政治家、人文主義者、古典学者、歴史家。ルネサンス初期の最も重要な人文主義者の歴史家とされ、最初の近代歴史家とも呼ばれる。おそらくイタリアとヨーロッパで最初に、古代ギリシア語を正確に理解した文人。

翻訳

 アリストテレス著『政治学

年表

1370年頃
アレッツォにて、生。
1???年
コルッチョ・サルターティの弟子になる。
1405年~1414年
教皇秘書。
1410年~1411年
コルッチョ・サルターティの後任として、フィレンツェ共和国書記官長に任命される。
1427年~1444年3月9日
再び、フィレンツェ共和国書記官長に就任。
レオナルド・ブルーニは高い地位を占めてはいたものの、アルビッツィ家メディチ家に比べれば、権力はなかった。
1440年
この年頃、歴史の名に値する最初のフィレンツェ史と言われるHistoriarum florentini populi libri XII(フィレンツェ人の歴史12篇)を完(1415頃年~)。(1610年ストラスブルクで刊)。
1444年3月9日
フィレンツェで死。
1470年
ドイツ・マインツの印刷業者Johann Numeister(1400年代半頃~1522年頃)、ウンブリアのFolignoに開設した印刷所から初の印刷本、レオナルド・ブルーニDe bello Italico adversus Gothos(イタリア人とゴート人の戦争)を刊行。
1473年8月17日
レオナルド・ブルーニの『Historiarum florentini populi libri Ⅻ』(1440)のイタリア語訳『フィレンツェ史(Storia fiorentina)』完了。1476年ヴェネツィアで、1479年ローマで刊。
1475年
レオナルド・ブルーニの遺作Commentarius rerum suo tempore gestarum(同時代史:1440年執筆)、ヴェネツィアで刊。


ベルナルド・ロッセリーノ
レオナルド・ブルーニの霊廟
サンタ・クローチェ聖堂

別表記

 レオナルド・アレティーノ、リオナルド、Leonardo Aretino

外部リンク

 Treccani.it
 Wikipedia

参考文献

 『イタリア・ルネサンスの文化』
 『世界の歴史16 ルネサンスと地中海』
 『マキアヴェリ』
 『メディチ家』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルネサンス精神の深層』
 『ルネッサンス夜話』
 『ルネサンスとは何であったか』
 『ルネッサンス百科事典』

記載日

 2005年5月29日以前