Maria von Habsburg

マリア・フォン・ハプスブルク

生没:1505年9月17日~1558年10月17日
在位:ネーデルラント総督 1531年~1555年
    先代:マルグリット・ドートリッシュ
父:フェリペ1世
夫:ラヨシュ2世

概要

 マリア・フォン・ハプスブルクは、16世紀の女性。

年表

1515年5月20日
ハンガリー・ボヘミアの領有を企むマクシミリアン1世、孫フェルディナンド1世(1503年~1564年:ボヘミア王在位1526年~1564年:ハンガリー王在位1526年~1564年:神聖ローマ皇帝在位1558年~1564年)をハンガリー・ボヘミア王ウラースロー2世・ヤギェウォの娘アンナ・ヤギェウォ(?~1547年)と、また孫マリア・フォン・ハプスブルク(1505年~1558年:ネーデルラント総督在位1531年~1555年)をウラースロー2世・ヤギェウォラヨシュ2世(1506年~1526年:在位1516年~1526年)と婚約させる。1515年7月22日ウィーンで正式に協定。
1531年1月3日
カール5世は、妹、前ハンガリー・ボヘミア王妃マリア・フォン・ハプスブルクをネーデルラント総督に任命。
1551年3月9日
カール5世フェルディナンド、両名の妹でネーデルラント総督・前ハンガリー・ボヘミア王妃マリア・フォン・ハプスブルク及びフェリペ2世の4者、アウグスブルクで長い協議を続けた末、神聖ローマ皇帝位をハプスブルク家のドイツ、スペイン両系統が交互に継承すること、すなわちカール5世の後を弟フェルディナンドが継いで帝位に就き、フェルディナンドの後をカール5世の子フェリペ2世が継いでローマ人の王となり、その後をフェルディナンドの子マクシミリアン2世が継ぐことを、マリア・フォン・ハプスブルクの懸命な仲介によってようやく取り決める。
1555年
カール5世の妹マリア・フォン・ハプスブルク、ネーデルラント総督を辞し(1531年~)、スペイン中西部ユステ近郊に隠遁。

別表記

 マリー・ド・ハプスブルク

外部リンク

 ウィキペディア
 Find A Grave
 Genealogy.EU
 kleio.org

参考文献

 『ハプスブルク家』
 『血の伯爵夫人エリザベート・バートリ』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』

記載日

 2006年10月27日以前