Marie de Bourgogne

マリー・ド・ブルゴーニュ

生没:1457年2月13日~1482年3月27日
父:シャルル・ル・テメレール
夫:マクシミリアン1世
子:フェリペ1世
  マルグリット・ドートリッシュ

概要

 マリー・ド・ブルゴーニュは、15世紀の女性。

年表

1477年1月5日
シャルル・ル・テメレール、フランス北東部ナンシーの戦いで敗れ、戦死。ブルゴーニュ戦争、終結(1474年~1477年)。
フランス王国統一の最大の障害となっていたブルゴーニュ公シャルル・ル・テメレールの死により、王国統一、急速に進展:ルイ11世は公領(本領)を併合し、公の娘マリー・ド・ブルゴーニュはフランシュ=コンテ、ネーデルランド(アルトワ、フランドルなど)のみを継承。
1477年8月19日
フリードリヒ3世の長子マクシミリアン1世と結婚。フランシュ=コンテとネーデルランド(アルトワ、フランドルなど)、ハプスブルク家領となる。
1479年8月7日
フリードリヒ3世の子マクシミリアン1世、フランス北部のGuinegatteの戦いでルイ11世の軍を破り、妻マリー・ド・ブルゴーニュの相続領を守る。

別表記

 マリードブルゴーニュ、マリア

外部リンク

 ウィキペディア
 Find A Grave
 Genealogy.EU
 kleio.org
 The Medici Archive Project
 Treccani.it

参考文献

 『イタリア史』
 『世界大百科事典』
 『ハプスブルク家』
 『服飾の中世』
 『傭兵の二千年史』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』

記載日

 2005年5月29日以前