Michele Savonarola

ミケーレ・サヴォナローラ

生没:1384年~1468年
出身:パドヴァ
没地:フェッラーラ
父:ジョヴァンニ・サヴォナローラ
母:カテリーナ・ダ・ベルガモ
妻:カテリーナ・ペルヌーミア
子:ニッコロ・サヴォナローラ

概要

 ミケーレ・サヴォナローラは、14世紀~15世紀の男性、医師、パドヴァ大学教授、フェッラーラ大学教授、エステ家宮廷筆頭侍医、トマス・アクイナスの信奉者。

年表

1384年
パドヴァにて、生(1385年)。
1414年
カテリーナ・ペルヌーミアと結婚。
1440年6月末
主著Opus medicinae seu pratica de aegritudinibus de capite usque ad pedes(医学概論または頭から足までの病気への対応)を執筆、公表。
1440年初秋
ニッコロ3世・デステの招請を受け、エステ家筆頭侍医、フェッラーラ大学教授として家族と共にフェッラーラに転居。
1452年9月21日
ジローラモ・サヴォナローラ、フェッラーラに生。
1452年
ジローラモ・サヴォナローラの養育の手引きとしてその母エレーナ・ボナコッシのため、『医学概論または頭から足までの病気への対応』の一部を一般向けに俗語で書き改めた小著Ad mulieres Ferrarienses de regimine praegnatium et noviter natorum usque ad septennium(妊婦と誕生から7歳までの幼児の摂生について)を執筆。
1465年
Speculum phisionomiae((人間を見る)鏡としての人相)を刊行。
1468年
フェッラーラで死。
1479年
遺作Opus medicinae seu pratica de aegritudinibus de capite usque ad pedes(医学概論または頭から足までの病気への対応)、フィレンツェ近郊Colle Valdelsaで刊。以後この著、この世紀及び翌16世紀にヴェネツィア及びボローニャで版を改めて刊行され、イタリア及びドイツで普及。
1485年
遺作Pratica canonica de febribus(熱への正しい対応)、Liber de balneis et thermis naturalibus omnibus Italiae sicque totius mundi(イタリア及び全世界の天然温泉についての書)、フェッラーラで刊。
1487年
遺作Summa de pulsibus urinis et egestionibus(脈、尿及び排泄物についての全書)、フェッラーラで刊。

著作

 『医学概論または頭から足までの病気への対応』
 『妊婦と誕生から7歳までの幼児の摂生について』
 『(人間を見る)鏡としての人相』
 『熱への正しい対応』
 『イタリア及び全世界の天然温泉についての書』
 『脈、尿及び排泄物についての全書』

外部リンク

 Treccani
 Wikipedia

参考文献

 『イタリア・ルネサンスの文化』
 『快楽の中世史』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルネサンス精神の深層』
 『ルネッサンス夜話』
 『Lucretia Borgia

記載日

 2005年5月29日以前