Palazzo Medici

メディチ宮殿

コムーネ:フィレンツェ

概要

 メディチ宮殿は、フィレンツェの旧ラルガ通り、現カミッロ・カヴール通りにある建物。
 コジモ・イル・ヴェッキオが追放先のヴェネツィアから戻った後、1444年から1462年にかけて建造される。当初はフィリッポ・ブルネレスキに委託されたものだったが、最終的にはこの有名作家の作品を退けて、ミケロッツォを起用。というのは、豪奢な建物を建てることでいっそう市民の反感を買わないようにとの配慮だったと言われる。
 しかしながら、メディチ宮殿はその後のルネサンス宮殿建築の規範となる。3階建ての1階ごとの壁面装飾(ブニャート)にその特徴がある。1階の壁面はごつごつした石が突き出るルスティカ積みとし、2階は少し凸凹が緩和されたリショ積みで、3階をピアット積みと言ってさらに平たくする。これによって下から見上げた時に一種の遠近法効果が生じ、建物がさらに高く感じられるのである。
 ミケロッツォはこのメディチ宮殿以前にすでにサン・マルコ修道院の改築に成功しており、メディチ家の人々の絶大な信用を勝ち得ていた。さらにこの宮殿を造るにあたっても、万全の体制で臨んだ。彼はピエトラ・フォルテの石切場まで出かけて行き、宮殿に使用する材料に印をつけて回った。それは時には直径5センチほどの丸であったり、ドリルで開けられた簡単な穴だったりした。よく見ると現在でもこれらの刻印は、宮殿の壁面に残されている。









所蔵品


ベノッツォ・ゴッツォーリ
東方三博士の旅

クリストファノ・デッラルティッシモ
ジョヴァンニ・ピコ・デッラ・ミランドラの肖像

別表記

 メディチ・リッカルディ宮殿、パラッツォ・メディチ・リッカルディ、Palazzo Medici Riccardi

外部リンク

 Google Maps
 Wikipedia

記載日

 2006年10月27日以前