Pierfilippo Pandolfini

ピエルフィリッポ・パンドルフィーニ

生没:1437年6月1日~1497年9月5日
出身:フィレンツェ
父:ジャンノッツォ・パンドルフィーニ
母:ジョヴァンナ・ヴァローリ
妻:マリーア・ネローニ
  カッサンドラ・リカゾーリ
子:ニッコロ・パンドルフィーニ
  アレッサンドロ・パンドルフィーニ
  ジャンノッツォ・パンドルフィーニ
  フランチェスコ・パンドルフィーニ
  マッダレーナ・パンドルフィーニ

概要

 ピエルフィリッポ・パンドルフィーニは、15世紀のイタリアの男性。

在位

 正義の旗手 1482年5月~1482年6月

年表

1460年
マリーア・ネローニと結婚。
1478年
この頃までに?、フィレンツェ共和国は、シクストゥス4世フェッランテ・ダラゴーナの措置に対処すべく、ロレンツォ・イル・マニーフィコトンマーゾ・ソデリーニら10名の委員からなるバーリアを設置。
さらにヴェネツィアピエルフィリッポ・パンドルフィーニ、ミラノにジローラモ・モレッリを特使として送って同盟に基づく支援を要請すると共に、キリスト教諸国、諸権力者にシクストゥス4世の所業を説く使節を送る。
1478年6月8日~1479年1月12日
ヴェネツィアへ特使として派遣される。
1479年2月19日~1479年6月9日
ローマ
1479年12月20日~1480年8月1日
ミラノ
1482年3月31日
ウルビーノロレンツォ・イル・マニーフィコ宛書簡をしたためる。フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの計画及び占星術に関する懸念について。
1482年4月12日
ウルビーノロレンツォ・イル・マニーフィコ宛書簡をしたためる。フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの計画及び占星術に関する懸念について。
1491年10月8日
カッサンドラ・リカゾーリと再婚。

別表記

 ピエロ・フィリッポ・デ・パンドルフィーニ、Pier Filippo Pandolfini

外部リンク

 Google Books
 Treccani

参考文献

 『イタリア・ルネサンスの文化』
 『フィレンツェ史』
 『メディチ家の人びと』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ロレンツォ・デ・メディチ暗殺』

記載日

 2005年5月29日以前