Piero Felici

ピエロ・フェリーチ

概要

 ピエロ・フェリーチは、ウルビーノ公国書記官、大使。

性格

 老練、悪賢い。

年表

1474年10月
フィレンツェ共和国へ使節。フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロの軍事行動への寄付をロレンツォ・イル・マニーフィコに要求。フィレンツェ共和国はいかなる支払いも拒否。
1477年
ナポリフェッランテ・ダラゴーナのもとへ使節。
1478年1月
この頃にはジローラモ・リアリオから教皇庁に呼び出され、ウルビーノ公国ローマ駐在大使アゴスティーノ・スタッコーリと同席していた。
1478年3月27日
ヴァティカン宮殿で会合。出席者はジローラモ・リアリオロレンツォ・ジュスティーニナポリ大使アネッロ・アルカモーネ、ウルビーノ公使アゴスティーノ・スタッコーリ。ピエロ・フェリーチは自ら合意書を作成して出席者全員に署名させ、それをナポリに送ってフェッランテ・ダラゴーナに調印してもらうことにした。
1482年3月7日
シクストゥス4世及びジローラモ・リアリオの邸宅から追い出される。
ローマで面目を潰され、動揺した彼は、屈辱を受けたことをフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロに伝えた。
フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロはその知らせを読んだ途端怒りを爆発させたという。

参考文献

 『ロレンツォ・デ・メディチ暗殺』

記載日

 2011年6月6日