Vincenzo Gonzaga

ヴィンチェンツォ・ゴンザーガ

生没:1562年9月21日~1612年2月9日
出身:マントヴァ
在位:第4代マントヴァ公 1587年~1612年
    先代:グリエルモ・ゴンザーガ
    次代:フランチェスコ・ゴンザーガ
   モンフェッラート公 1587年~1612年
    先代:グリエルモ・ゴンザーガ
    次代:フランチェスコ・ゴンザーガ
父:グリエルモ・ゴンザーガ
母:エレオノーラ・ダズブルゴ
妻:マルゲリータ・ファルネーゼ
  エレオノーラ・デ・メディチ
子:フランチェスコ・ゴンザーガ
  エレオノーラ・ディ・ヴィンチェンツォ・ゴンザーガ

概要

 ヴィンチェンツォ・ゴンザーガは、16世紀~17世紀のイタリアの男性。

年表

1562年9月21日(月)
マントヴァで生。
1581年3月2日(木)
ピアチェンツァでマルゲリータ・ファルネーゼと結婚。
1582年5月14日(月)
アンナ・ゴンザーガフェルディナンド2世・フォン・ハプスブルクと結婚。
1583年5月26日(木)
マルゲリータ・ファルネーゼとの結婚解消。
1583年5月
ゴンザーガ家メディチ家の間で書簡が交わされ始める。
1583年11月12日(土)
メディチ家が要求する男性能力を証明するための「試験」に同意。より具体的には処女と性交できるだけの持続力が疑問視されていた。
1584年1月6日(金)
持参金は30万スクードとされることが交渉される。
1584年1月30日(月)
メディチ家はフィレンツェ人処女との試験を中立のフェッラーラにおいて行なうことを要求。女性はその後女子修道院に入り、子供はフィレンツェの捨て子養育院に入る予定だった。
1584年
この頃、しかし、ヴィンチェンツォとチェーザレ・デステが難色を示すと、メディチ家は妥協することに同意。
1584年2月17日(金)
試験実施に両家が同意。犠牲が少なく、後で面倒がかからないようなフィレンツェ人の処女が探し始められる。
1584年2月21日(火)
秘書官で医者のマルチェッロ・ドナーティに書簡をしたためる。相手となる女性を見定めるように。もし相応しくないようであれば、秘密を守らせたまますぐにヴェネツィアへ送るように、などと書く。
1584年3月8日(木)
ヴェネツィアに到着。すぐにジューリア・デリ・アルビッツィに会うが、旅のせいで疲れていてはいけないので試験は実施されず。
1584年3月9日(金)
夜、再びジューリア・デリ・アルビッツィと会うが、贖罪の日の金曜日は禁欲しなければならないとされているので、実施されず。しかし、聖週間に入る前までには試験を終わらせる予定。
1584年3月11日(日)
夜、ジューリア・デリ・アルビッツィの滞在する屋敷に行き、トスカーナ大公フランチェスコ1世・デ・メディチの側近ベリザーリオ・ヴィンタ大臣が別室に控える中、試験を試みるも失敗。理由は腹痛。
1584年3月14日(水)
朝、医師ピエトロ・ガッレットによる診察を受ける。
夜、再び試験実施。成功する。
1584年3月15日(木)
朝、隣にジューリア・デリ・アルビッツィが横たわっているベッドの上で、医師ピエトロ・ガッレットによる診察を受ける。陰茎の付け根に瘻孔があるが、性交の障害とはならないと診断される。(梅毒の初期症状)
1584年3月18日(日)
夜、試験の成功を確かなものとするため、もう1度実施される。
1584年4月29日(日)
マントヴァでエレオノーラ・デ・メディチと再婚。持参金は30万スクード。
1584年6月
花嫁のエレオノーラ・デ・メディチと共にヴェネツィアを公式訪問、大歓迎を受ける。
1609年
アメリカ探索に出資。原住民がそう言われているように精力旺盛で、そういう薬や塗り薬などがあるのかを探す目的のものであった。しかし、この探検隊が帰国する前に彼は亡くなっている。
1612年2月9日(木)
死。

外部リンク

 ウィキペディア
 けんてーごっこ
 世界帝王事典
 Famille de Carné
 Find A Grave
 Genealogy
 Genealogy.EU
 Journal Publishing Services - Pompeo Caccini and Euridice
 Libro d'Oro della Nobiltà Mediterranea
 The Medici Archive Project
 Treccani.it

参考文献

 『愛の年代記』
 『メディチ家』
 『メディチ家の人びと』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルネサンス宮廷大全』
 『Bibliotechina Grassoccia
 『Lost Girls
 『Pompeo Caccini and Euridice

記載日

 2005年5月29日以前