Niccolò III d'Este

ニッコロ3世・デステ

生没:1383年11月9日~1441年12月26日
父:アルベルト5世・デステ
妻:ジリオラ・ダ・カラーラ
  パリジーナ・マラテスタ
  リッチャルダ・ダ・サルッツォ
女:ステッラ・トロメイ(デッラサシーノ)
  カテリーナ・デ・タッデオ(デイ・メディチ)
  アンナ・デ・ロベルティ
子:ウーゴ・デステ
  メリアドゥーセ・ディ・ニッコロ・デステ
  レオネッロ・デステ
  マルゲリータ・デステ
  ボルソ・デステ
  アルベルト・デステ
  グローネ・デステ
  ジネヴラ・デステ
  ルチア・デステ
  オルシーナ・デステ
  リナルド・デステ
  イゾッタ・デステ
  ベアトリーチェ・ディ・ニッコロ・デステ
  エルコーレ1世・デステ
  シギスモンド・ディ・ニッコロ・デステ
  カミッラ・デステ
  ビアンカ・マリーア・デステ
  アルベルト・ディ・ニッコロ・デステ

概要

 ニッコロ3世・デステは、14世紀~15世紀のイタリアの男性、傭兵隊長。
 約50年間のその治世の間、戦争と浪費と結婚を繰り返した。家臣に「戦争で人口が減った分は殿様があちこちで生ませる分で充分埋め合わせ、それ以上にお釣がくるくらいだ」と言わしめる。艶福家という悪癖をのぞけばニッコロ3世・デステは名君で、領土を拡大し、税を軽減し、商工業を育成し町を発展させ、他人の教養を尊重しフェッラーラ大学を再開すると共に、文化の有用性を認識し芸術の振興に力をいれた。

性格

 残酷、気まぐれ、勇猛、現実的。

年表

1397年
ジリオラ・ダ・カラーラと婚姻。
1402年
経済的理由から3年間閉校していたフェッラーラ大学を再開。ピエトロ・ダンカラーノ、アントーニオ・ダ・ブドリオ、ジョヴァンニ・ダ・イーモラを招聘。
1418年
パリジーナ・マラテスタと婚姻。
1426年6月
ヴェネツィアと同盟を結び、ヴェネツィア・フィレンツェ陣営に加わる。
1428年4月18日
フェッラーラでの、フィリッポ・マリーア・ヴィスコンティとヴェネツィア・フィレンツェ同盟陣営の和を、教皇マルティヌス5世の使節・枢機卿Niccolò Albergatiと共に仲介(1428年4月19日)。
1429年
リッチャルダ・ダ・サルッツォと婚姻。
1433年4月26日
フェッラーラで会議を続けていたヴェネツィア、フィレンツェ及びフィリッポ・マリーア・ヴィスコンティの使節たちの和約を、ヴェネツィア・フィレンツェ同盟の属しながらもこの間の一連の戦闘で中立を保ち、当事者双方から信を得ていたため仲介。
1435年8月10日
ヴェネツィア・フィレンツェ同盟陣営とフィリッポ・マリーア・ヴィスコンティの和約を再び仲介。
1438年1月8日
フェッラーラ公会議が開催される。
1439年2月18日
ヴェネツィアフィレンツェロンバルディア各地で攻勢を強めるフィリッポ・マリーア・ヴィスコンティに対抗するためヴェネツィアの発案により、(1)戦費の3分の2をヴェネツィア、3分の1をフィレンツェが負担し、(2)フランチェスコ1世・スフォルツァを両者の総指揮官として雇用し、(3)彼の領国を両者で確保することを改めて盟約。
1439年2月28日
エウゲニウス4世ジェノヴァと共に、ヴェネツィアフィレンツェ同盟に加盟。以後も各地で両陣営軍の間で激戦、続く。
1440年初秋
招請をしたミケーレ・サヴォナローラが、エステ家筆頭侍医、フェッラーラ大学教授として家族と共にフェッラーラに転居。
1441年8月1日
フィリッポ・マリーア・ヴィスコンティの依頼を受け、フィリッポ・マリーア・ヴィスコンティフランチェスコ1世・スフォルツァの合意を仲介。
1441年12月26日
ミラノにて、遺言書を作成。
この日頃、死。

在位

 フェッラーラ候 1393年~1441年(独立統治1402年~1441年)
  先代:アルベルト5世・デステ
  次代:レオネッロ・デステ
 モデナ候 1393年~1441年(独立統治1402年~1441年)
  次代:レオネッロ・デステ
 教会の旗手 1403年~?
 レッジョ候 1409年~1441年
  次代:レオネッロ・デステ
 パルマ公 1409年~1420年

肖像

 ニッコロ3世・デステ騎馬像

埋葬地

 サン・フランチェスコ教会

別表記

 ニコロ3世

外部リンク

 ウィキペディア
 世界帝王事典
 Condottieri di ventura
 Famille de Carné
 Genealogy.EU
 JDA's Family Tree
 trionfi

参考文献

 『愛の年代記』
 『イタリア・ルネサンスの文化』
 『服飾の中世』
 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルネサンス宮廷大全』
 『ルクレツィア・ボルジア―ルネッサンスの黄昏』
 『ルネサンスの歴史』
 『ルネサンス舞踊紀行』
 『Lucretia Borgia

記載日

 2006年7月24日以前