そこそこアレな感じで

はじめに

 ここはチェーザレ・ボルジアを中心とした、主にイタリア・ルネサンスの人物について扱っております。ゲーム、小説、漫画とは関係がありません。できるだけ史実に基づいた記事を記載しています。なにぶん独学のため間違いも多々あるかと思いますので、疑いの目で見て下さい。無断転載は禁じます。

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どうでもいいつぶやき

ファルネーゼとオルシーニ

 オルシーニ家と、特にファルネーゼ家の流入が2020年末頃から異常に増えています。なぜなのか調べたら、何とこの二家が陰謀論に巻き込まれていましたw 何でもイエズス会はファルネーゼ一族が創設して、以来ずっと一族が支配しているらしいw
 イエズス会は、1537年にイグナティウス・デ・ロヨラが作ったイエズス信徒会が、1540年にファルネーゼ家の教皇パウルス3世によって正式の修道会としての許可されています。というわけで、創立したのはやっぱりイグナティウス・デ・ロヨラだし、それを認可したのはパウルス3世だけれども教皇としてであってファルネーゼ家は関係がないし、その後も延々影響力を持ち続けるなんてありえないと考えます。あると言うならどうやってか教えてほしいと思うんですが、断定しているだけで理由や根拠は全く見当たりません。
 戦略国際問題研究所つまりCSISの前身は、イエズス会神父のエドマンド・アロイシウス・ウォルシュが1919年にジョージタウン大学内に創設したエドマンド A. ウォルシュ外交学院だそうで、だからCSISはイエズス会の組織で、そのイエズス会を操っているファルネーゼ家が悪の親玉だという妄想乙。前身の外交学院を創設したエドマンド・アロイシウス・ウォルシュがイエズス会の司祭だからCSISはイエズス会、って論理の飛躍が驚愕の長距離。
 ちなみに、アメリカはペンシルベニア州上院議員にラリー・ファルネーゼさんという名前の方がいらっしゃるそうですが、だから何? ほおらご覧みたいな感じでお名前を持ち出しているんですが、どうせならイタリアファルネーゼ家との血縁関係があるのかどうか調べるなりしてもらえればうちのサイトとしては有用情報になったんだけれども・・・・。子孫がどこまで続いているのか今度調べてみようかな。16世紀前半くらいまでしか興味ないんだけどな。血縁だとしても傍系の上、かなり遡らなきゃならないってパターンの気がするわ。
 いやでも改めてジューリア・ファルネーゼってすごいなと思いました。彼女が教皇アレクサンデル6世の愛人にならなかったら、後の教皇パウルス3世である兄アレッサンドロ・ファルネーゼが枢機卿に任命されることはなかっただろうし、枢機卿の地位に就かなければいくら政治力があろうとも絶対に教皇にはなれなかったわけで。それ以前はどうということもなかった貴族だったのが、王族たちと婚姻関係を結ぶような家柄にまで躍進できたのは、ジューリア・ファルネーゼの美少女っぷりにかかっていたんですよ。よ!欧州一のあげまん!
 オルシーニ家の方は、ある種族との関わりが深く、ローマ・カトリックとその種族の間に条約を結び、オリビエート(オルヴィエート?)の地下室にはヴァティカンの黄金を蓄えているそうです。もう電波が凄すぎて圧倒されて、どこから突っ込んでいいやら。せめていつの話なのかぐらい妄想たくましく明記して欲しかった。昔はこういう電波ってごく個人的なものだったような気がするんですけれども、今はインターネットのせいでどんどん繋がっていってしまうのかな。害にはなっていないし、これで興味を持ってくれる人が出てきているので、まあいっか。
 一応オルシーニ家オルヴィエートの繋がりを調べてみたのですが、リナルド・オルシーニが少しの間領主に納まっていただけでほとんど関連なし。オリビエートがオルヴィエートを指しているのだとしたらの話だけど、根差した土地の名前を持ち出せばいいのに何でオルヴィエートなのか意味不明。条約の方は全く手掛かりが書かれていないので調べようがないです。いつ誰が結んだどの条約よ?
 かくいう私も陰謀論は割と好きなのですが、もう少し説得力のあるお話にしてくれないと楽しめません。何かそれっぽい単語を文章に当てはめるだけじゃなくて、もっとちゃんと作り込んで来いよ。真剣さが足りんわ。

ペンタゴン

 カプラローラのファルネーゼ宮殿が五角形だからファルネーゼ家がアメリカ国防総省を支配しているという噴飯物の記事もあるんです。五角形というか星形要塞は16世紀に入るといっぱい建てられ出すんですけどね。うちのサイト内だとサンタンジェロ城セニガッリアの城郭ぐらいしか載せてませんけど、検索すれば世界中に存在することが分かります。連想ゲームのような安直さですね。

小説家になろうの完結詐欺について

 章ごとに別の作品という扱いにして完結済を謳っておきながら、最終章まで書かずにエタってる迷惑な作者とその小説。以下一覧。

 冬星明氏作乙女ゲームの悪役令嬢に転生したからと言って悪女を止めたら、もう悪役令嬢じゃないよね!1 エリザベートは悪役令嬢を目指す
 冬星明氏作乙女ゲームの悪役令嬢に転生したからと言って悪女を止めたら、もう悪役令嬢じゃないよね!2 刺殺からはじまる侯爵令嬢、カロリナだってがんばります!
 ひかさく氏作目立ちたくない聖女は「内助の功」で暗躍します ~悪女と罵られて皇子に婚約破棄されたので、素敵な地方領主の夫を皇帝の座につかせようと思います~

小説家になろうのおすすめ完結作品

 残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~
 閣下が退却を命じぬ限り

小説家になろうのおすすめ未完結作品

 氷の滅慕
 はぐるまどらいぶ。

主な更新

 今は『The Tigress of Forlì』というカテリーナ・スフォルツァの伝記を読んでいます。2020年は特に怠けていたので1年以上かかっています。いかんな、こんなことでは。

海外ドラマ

 「Medici: Masters of Florence」というテレビドラマが放映されています。現在シーズン3を放送中みたいです。知らんかった。
 The L Wordの続編が放送されているようですが、Tibetteが見られないようなのでもういいです。

ブラウザ

 Microsoft Edgeが改善されたのでネットサーフィンに使うようになりましたが、自サイト更新は未だにInternet Explorerです。Microsoft Edgeに「メモ帳で編集」機能を付けてくれればいいのに。そして、アドレスバーに前回の検索文字列が残るようにしてくれたら完璧。Chromeは数年前に試してみてCPU負荷がすごすぎて2度と使うもんかと思って以来使っていません。

レスポンシヴ・デザイン

 スマホにも対応したデザインにしようと思えば全部パーセント指定にすれば簡単に済むのは分かっているのですが、そうするとブラウザの横幅を超えて拡大することができなくなるのが嫌なんです。拡大して画像の一部とかを見たい時があるので。このことに言及したサイトは見つからなかったから、誰もそんなことしないのかな。
 というわけで、ピクセル指定なのでだいぶめんどくさい。フォントのサイズ16pxを基本として、16pxずつ下がるように全てを合わせようと格闘する羽目に陥っています。tableをやめてdisplay:flexにしたり。IEではバグがあったり。mainタグが挙動不審だったのでarticleに変えたら直ったり。height指定してる横長画像は親要素をはみ出るとmax-width:100%のせいで比率が変わっちゃうけど、いくら調べても解決法が見つからず断念したり。
 一番悩まされたのは確認のためにブラウザを細く縮めたら、横スクロールバーが出ること。パソコンでは縦スクロールバーも含めたサイズで解像度が計算されるらしく(?)、ピクセル指定のものははみ出ます(でもパーセント指定ははみ出ない)。解像度別で確認するサイトで見てもはみ出ていました。viewportで確認しようとしても、パソコンではviewportは効かない仕様で無反応。Bliskなるweb開発者向けのブラウザで見たら画面内に収まっていることが確認でき、救われました。

訳って難しい

 手紙の末尾によく出てくる「I commend myself to ~」を何て訳していいのか分からず、「お気に召しますように」とかよく分かんない感じにしてますが、もっとうまい訳し方はないものか。冒頭の「most illustrious ~」も「最も誉れ高き」と訳してますけど、こういう書き始めと末尾のテンプレが日本語にしにくいんですよね。

xdomain

 XFREEていう名前に変わって、何か月かに1回更新ボタンを押してないと公開が停止になるようです。この前押したから安心してたら、また404が発生してた。定期的に見てないとダメですね。

同姓同名

 イタリア語で同姓同名の場合はディの後に父親の名前を付けていたのですが、名前が長くなりすぎる問題が発生して見栄えが悪いので、諦めて止めました。ページのタイトルが被らないようにファイルもまとめていっています。この方が同姓同名でも無限に増やしていけるのでいいということに気づきました。

イタリア時間

 ルネサンス当時使われていた時刻については、サンタ・マリア・デル・フィオーレの時計に書きました。ようやく謎が解明できたけど、年表の時間を修正するためには文献読み直さないといけないんだよなあぁ・・・今読んでるやつ終わらせてからとかにしよう。

メディアリテラシー

 アレクサンデル6世ボルハ家本家出身。ウィキペディアにいつまでも書かれている、本名はロデリク・ランソルであるが母方の苗字であるボルハに変えた、云々というのはとんでもない間違い。英語版にもその記述が見られるので参照したんだろうけど、おそらくホフレ・ランソルホフレ・デ・ボルハを混同しているものと思います。これ、ずーっと修正される気配がないんだけど、まあウィキペディアなんてそんなものだしね。
 「本名はロデリク・ランソル」で検索してみたら、なんかいっぱい出てきた。ひー
 母方の姓を名乗ったと書いてるけど、母親の名前も父親の名前も記載していないというのに、疑問さえ持たないのかね。いかにネットがうんこメディアかよく分かる。

本気本

 『イタリアの鼻ールネサンスを拓いた傭兵隊長フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ』という本が2017年11月9日に出版されてますね。原本はGoogle Books - Federico da Montefeltro arte, stato e mestiere delle armiフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロは『ロレンツォ・デ・メディチ暗殺』にも登場してて人気ですね。彼の下で花開いたウルビーノ宮廷について書かれてあるようです。
 そんで何でチェーザレ・ボルジアの学術本は出ないんだー! アメリカとフランスのドラマにも出たし、漫画にもなってるし、ゲームにも登場するのにー。誰かガチなやつを日本語に訳して出版してくだされ。『Cesare Borgia: duca di Romagna』とか。ガチガチ過ぎて売れないか。

人類皆きょうだい

 最近、実はウーゴ・デ・モンカーダチェーザレ・ボルジアの親戚だということを発見。フアナ・デ・モンカーダの甥っ子だったんだ。フアナ・デ・モンカーダの夫ホフレ・ランソルの母がアレクサンデル6世の妹フアナ・デ・ボルハ・イ・ボルハ。うん、マニアックすぎるね。調べていくと貴族は大体みんなどこかで接点があるようで、当サイトのリンクを辿っていくとぐるぐるどこまでも回れる感じ。
 新企画、チェーザレ・ボルジア数をつけることにしました。チェーザレ・ボルジアとの血縁・親族関係を分かり易くします。

歴史人物のストーカー

 チェーザレ・ボルジアの年表がストーカー並みに詳しすぎて誰にも読んでもらえない気がする。ジューリア・デリ・アルビッツィも徹底的に調べて書いた記事だけど、普通の人にはどうでもいい情報だろうし。自己満足以外の何物でもないサイトですね。
 ちょw、ジューリア・デリ・アルビッツィが『まんがグリム童話 性に汚された花嫁』とかいうレディースコミックになっているらしい。こうやってまたでたらめが広められていくのか。

当時は大半がラテン語

 ラテン語は語順がめちゃめちゃらしい。Google翻訳で英訳したら意味不明だった。当時の手紙の内容が読みたいのに読めない。せめてイタリア語訳が見つかれば何とかなるんだけど。遡って調べていくと最後はラテン語に行きつくことになるので、そこで諦めざるを得ない。
 ↑これちょっと嘘でした。ほんとはイタリア語の文法でラテン語の単語も混ざってるみたいな感じっぽい。

サイト内検索

 Googleのカスタム検索でAddを押すとなぜかCPU使用量が上がって動かなくなるので、サイト内検索を設置できません。もしサイト内検索をしたい奇特な方がいらっしゃれば、特種構文の

site:http://cesareborgia.html.xdomain.jp/
を検索クエリと共に入力してください。通常の検索では結果に出てこないファイルも、サイト内検索を使うと出てきます。年表も載せているので、年月日で検索することも可能です。数字には弱いみたいですので、" "でくくった方がよいようです。
 タイトルで検索しているのに通常の検索結果に表示されないってGoogleどないやねん。文字数が少ないわけでもなく、何ら違反も犯していず、インデックスもされているのに、出てこないページが存在する。

バッチりばちばち

 なあんだ、バッチファイル作っとけばサイトのアップロード簡単じゃん。って今頃か、自分。

絶滅危惧種:個人サイト

 なぜサイトを閉鎖する必要があるのか分からない。有用な情報は残しておいてもらいたい。更新し続けなければならない義務などありませんよ。そのまま放置でいいじゃないか。掲示板が荒れるなら、掲示板だけを止めればよいのです。コメントの荒らしが鬱陶しいなら、コメント不可にすればいいんです。後から恥ずかしくなったなら、その部分だけを削除、修正すればいいんです。個人サイトなんて100%自己満足なんですから、訪問者が増えようが減ろうがどうでもいいことです。腐心して作られていたサイトが次々閉鎖されるのはどういうことでしょうか。もう一度書きます。放置でいいじゃないか。有料サーバーだったなら無料のとこに切り替えましょう。

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開設日

 2003年11月24日

更新日

 2021年3月2日