Michelangelo

ミケランジェロ

生没
1475年3月6日~1564年2月18日
出身
カプレーゼ
没地
ローマ
ルドヴィーコ・ブオナッロティ・シモーニ
ドメニコ・ギルランダイオ
ベルトルド・ディ・ジョヴァンニ

概要

 ミケランジェロは、15世紀から16世紀のイタリアの男性、彫刻家、画家、建築家。

作品

Michelangelo art
Michelangelo art

年表

1475年3月6日

アレッツォ近郊カプレーゼに生。


1480年

この頃、フィレンツェに居住。

1480年のカタストに現Via dell'Anguillara 15Via de' Bentaccordiとの角が父ルドヴィーコ・ブオナッロティ・シモーニの所有であることが記されている。シモーニ家はミケランジェロの時代に、ブオナッロティ家となる。

1488年4月1日

ドメニコ・ギルランダイオの門に入る。

1489年1月初め

この頃ドメニコ・ギルランダイオの門を去る。以後サン・マルコ修道院メディチ家庭園で彫刻の修行を始める。

1490年1月~1492年

この月?、ロレンツォ・イル・マニーフィコに招かれてメディチ宮殿に住み、ベルトルド・ディ・ジョヴァンニに彫刻を学び始める。

以後ここでマルシリオ・フィチーノアンジェロ・ポリツィアーノジョヴァンニ・ピコらと交流。

1494年10月14日

フィレンツェを去る。その後ボローニャヴェネツィアを彷徨。

1496年6月26日

初めてローマを訪れる。

1498年~1499年

ローマサン・ピエトロ大聖堂の「サン・ピエトロのピエタ」制作に着手。

1501年春

フィレンツェに帰る。

1501年8月16日

ダヴィデ像」制作の契約を結ぶ。

1501年9月13日

ダヴィデ像」制作着手。

1504年1月25日

ダヴィデ像」完成し、この日、その設置場所を決定するため、ボッティチェッリレオナルド・ダ・ヴィンチペルジーノフィリッピーノ・リッピジュリアーノ・ダ・サンガッロアントーニオ・ダ・サンガッロ・イル・ヴェッキオなどによる設置委員会開かれる。

1504年8月

ヴェッキオ宮殿に壁画「カッシーナの戦」の制作を依頼される。画稿のみ完成。

1505年3月

ユリウス2世ローマに招かれ、教皇の廟墓の制作を依頼される。

1505年4月頃

この頃から?、ユリウス2世の廟墓制作のため8ヶ月に渡りカッラーラで大理石採掘、搬出の監督に当たる。

1506年4月17日

ユリウス2世の関心が自身の廟墓建設からサン・ピエトロ大聖堂改築に移ったことなどで彼と衝突し、直ちにローマを出て、フィレンツェに向かう。

1506年11月

ボローニャに滞在しているユリウス2世に招かれ彼と和解。彼のブロンズ像制作を依頼される。(1507年完成)。

1508年5月~1512年

ユリウス2世の依頼を受けシスティーナ礼拝堂天井画製作に着手。

1516年~1525年

現在ブォナッロティ邸が建っているところに居住。

1520年11月

レオ10世と「メディチ家廟墓」制作の契約を結ぶ。

1524年

クレメンス7世の命によりメディチ家の図書館ラウレンツィアーナ図書館を着工(~1534年)。

1527年5月6日

ローマ劫掠。

1529年1月10日

Nove Ufficiali della Miliziaの委員に選出される。

1529年4月6日

十人委員会は、城塞強化の総指揮官の役を特に設けてミケランジェロにこれを当てる。

1529年9月21日

状況の緊迫化と共にパニック状態に陥りつつあるフィレンツェ市内から、身の危険を覚えて逃亡。

1529年10月20日

追放処分を解かれる。

1529年11月20日

逃亡者は直ちに帰国しなければ追放に処すとの帰国命令が出されるが大部分の者が従わず。この日、ようやくフィレンツェに帰る(1529年11月21日)。

1534年9月23日

トスカーナを後にし、ローマに向かう。以後、ついに戻らず。

1535年9月

パウルス3世によりヴァティカン宮殿の絵画・彫刻・建築制作主任に任命され、システィーナ礼拝堂の「最後の審判」の制作に着手(~1541年)。

1536年

この年頃、ヴィットーリア・コロンナと出会い、友情・愛情に結ばれる。

1538年10月

ヴィットーリア・コロンナローマ滞在を機に友情・愛情が深まり、以後、両者のプラトニックな交友が、彼女の死まで続く。

1541年

ヴィットーリア・コロンナとのプラトニックな愛情、深く続く。

1541年10月31日

システィーナ礼拝堂壁画「最後の審判」が完成しその除幕式が行われる。

1547年1月18日

ヴィットーリア・コロンナローマで死。打ちのめされる。

1564年2月18日

ローマで死。

肖像

眠れるクピド Cupido Dormiente

作者
ミケランジェロ

概要

 「眠れるクピド」は、ミケランジェロ作の失われた彫刻。
 1496年、フィレンツェを離れローマにやってきたミケランジェロが、推薦状を持参しラッファエーレ・サンソーニ枢機卿を訪れると、枢機卿は骨董品の収集をミケランジェロに見せた。その中にあった「眠れるクピド」を見つけたミケランジェロは、すぐさま自分の作品であることを主張。ミケランジェロから30ドゥカートで購入したミラノ人バルダッサーレが、細工をして骨董品のように見せかけ、ラッファエーレ・サンソーニに2百ドゥカートで売ったことが判明。激怒したミケランジェロは「眠れるクピド」の返却を求めたが、ラッファエーレ・サンソーニはバルダッサーレが逮捕され、金を取り戻さない限り同意しなかった。しかし、この作品はもはや骨董品収集家としての喜びをもたらさなかったため、ついにはミケランジェロの要求に応える。
 ラッファエーレ・サンソーニのような古美術愛好者を欺いた作品を作ったということで、ミケランジェロの名声は波紋のように広がった。「眠れるクピド」を購入したのは当時枢機卿だったチェーザレ・ボルジアで、後にイザベッラ・デステに贈る。
 17世紀にイギリスに売られた後行方不明。

題材

 エロス

別表記

 眠れるキューピッド、眠るキュピッド、眠るクピド

外部リンク

 大航海時代とルネサンス
 JSTOR: The Lost Sleeping Cupid of Michelangelo
 Wikipedia

参考文献

 『メディチ家』
 『ルネサンス宮廷大全』
 『ルネサンスの女たち』
 『ルネサンスの華』
 『The Life of Cesare Borgia

ケンタウロスの戦い La Battaglia dei Centauri

作者
ミケランジェロ
制作
1492年頃
媒材
大理石
寸法
84.5 cm × 90.5 cm
所蔵
ブォナッロティ邸
番号
inv. 194

概要

 「ケンタウロスの戦い」は、ミケランジェロ作の彫刻。

Michelangelo

題材

 ケンタウロス

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Casa Buonarroti
 Wikipedia

サン・ピエトロのピエタ Pietà Vaticana

作者
ミケランジェロ
制作
1498年~1499年
所蔵
サン・ピエトロ大聖堂
注文
ジャン・ド・ビレール・ド・ラグロラ

概要

 「サン・ピエトロのピエタ」は、ミケランジェロ作の彫刻。サン・ピエトロ大聖堂の入って右側すぐの側廊にある。

Michelangelo
ミケランジェロ

題材

 イエス・キリスト
 聖母マリア

外部リンク

 ウィキペディア

参考文献

 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ローマ教皇検死録』
 『Lucretia Borgia

ダヴィデ像 David

作者
ミケランジェロ
制作
1504年9月8日、フィレンツェ
媒材
大理石
高さ
434 cm
所蔵
フィレンツェ・アッカデミア美術館

概要

 「ダヴィデ像」は、ミケランジェロ作の彫刻。

題材

 ダヴィデ

別表記

 ダビデ像

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 ウィキペディア
 Art Renewal Center
 Web Gallery of Art

参考文献

 『イコノロジー研究
 『イタリア・ルネサンスの文化』
 『世界の歴史16 ルネサンスと地中海』
 『メディチ家』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルネサンス宮廷大全』

男 A Man

作者
ミケランジェロ
制作
1504~1505年
媒材
ペン素描
寸法
42 × 28 cm
所蔵
大英博物館

概要

 「男」は、ミケランジェロ作の素描。

ミケランジェロ 素描

別表記

 素描Fr. 103A Man: Study for a figure in Battle of Cascina cartoon

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Web Gallery of Art

参考文献

 『イコノロジー研究

聖家族 Tondo Taddei

作者
ミケランジェロ
制作
1504~1506年
媒材
トンド形式の大理石浮彫り
寸法
1068 mm
所蔵
イギリス王立芸術院

概要

 「聖家族」は、ミケランジェロ作の彫刻。

別表記

 The Virgin and Child with the Infant St John

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Art Renewal Center
 Royal Academy of Arts
 Wikimedia Commons
 Wikipedia

参考文献

 『イコノロジー研究

瀕死の奴隷 Schiavo Morente

作者
ミケランジェロ
制作
1513年頃
媒材
大理石
寸法
高さ2.15 m
所蔵
ルーヴル美術館

概要

 「瀕死の奴隷」はミケランジェロ作の彫刻で、「ユリウス2世の墓」のための大理石群像の1つ。

瀕死の奴隷
瀕死の奴隷
瀕死の奴隷
瀕死の奴隷

備考

 エルヴィン・パノフスキーは『イコノロジー研究』で、「抵抗する奴隷」にも猿がついていると記述しているが、「抵抗する奴隷」に猿は見当たらず、掲載の図版も「抵抗する奴隷」ではなく「瀕死の奴隷」の部分。

別表記

 瀕死の奴隷像、The Dying Slave

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Flickr
 Flickr
 HowStuffWorks
 Nekoatama's Website
 Wikipedia
 Web Gallery of Art

参考文献

 『イコノロジー研究

抵抗する奴隷 Schiavo Ribelle

作者
ミケランジェロ
制作
1513~1515年
所蔵
ルーヴル美術館

概要

 「抵抗する奴隷」はミケランジェロ作の彫刻で、「ユリウス2世の墓」のための大理石群像の1つ。

抵抗する奴隷
抵抗する奴隷
抵抗する奴隷

別表記

 反抗する奴隷

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 ルーヴル美術館
 Art Renewal Center
 Web Gallery of Art

参考文献

 『イコノロジー研究

聖コスマスと聖ダミアヌスと聖母像 Madonna e Santi Cosma e Damiano

作者
ミケランジェロ
制作
1521~1531年
媒材
大理石
所蔵
メディチ家礼拝堂新聖具室

概要

 「聖コスマスと聖ダミアヌスと聖母像」は、ミケランジェロ作の彫刻。

Madonna e Santi Cosma e Damiano

別表記

 Medici Madonna, between Sts Cosmas and Damian

関連項目

 イエス・キリスト
 聖母マリア

外部リンク

 Art Renewal Center
 Web Gallery of Art

参考文献

 『イコノロジー研究

メディチ家霊廟図案 

作者
ミケランジェロ

概要

 「メディチ家霊廟図案」は、ミケランジェロ作のロレンツォ・デ・メディチの墓ジュリアーノ・デ・メディチの墓のための素描。

第1案(独立のモニュメント) Fr. 48

 チョーク素描。

第2案(複棺壁画墓) Fr. 47

 チョーク素描、18.8 cm x 26.4 cm

ミケランジェロ 素描

「上座の墓所」の計画案 Fr. 9a

 ペン素描。

「上座の墓所」の計画案 Fra. 9b

 ペン素描。

「上座の墓所」の自由構想図 Th. 531a

 ペン素描・淡彩。

「上座の墓所」

 Anny E. Poppによる復元図『Die Medici-kapelle Michelangelos』。

ジュリアーノ・デ・メディチの墓の自由構想図 Th. 511a

 ペン素描・淡彩。

ジュリアーノ・デ・メディチの墓

 A. E. Poppによる復元図。

ロレンツォ・デ・メディチの墓

 A. E. Poppによる復元図。

最終案 Fr. 55

 チョーク素描。

関連項目

 ロレンツォ・デ・メディチの墓
 ジュリアーノ・デ・メディチの墓
 『イコノロジー研究

外部リンク

 AllPosters.com
 British Museum
 Internet Archive
 Internet Archive
 Internet Archive
 The Art Browser

ロレンツォ・デ・メディチの墓 Tomba di Lorenzo de' Medici

作者
ミケランジェロ
制作
1524~1531年
媒材
大理石
寸法
630 × 420 cm
所蔵
メディチ家礼拝堂新聖具室

概要

 「ロレンツォ・デ・メディチの墓」は、ミケランジェロ作の墓。

ロレンツォ・デ・メディチ

 時を表す4体の擬人像の1体。ふっくらと艶やかな肌に、張りのある胸が特徴的な、若く美しい女の像は、1日の始まりを憂いている。

 時を表す4体の擬人像の1体。年老いた男が目を伏せ、人生の黄昏を感じながら静かに陽が落ちるのを待っている。

被葬者

 ロレンツォ・デ・メディチ
 アレッサンドロ・デ・メディチ

別表記

 Sera e AuroraTomb of Lorenzo de' Medici

関連項目

 メディチ家霊廟図案
 『イコノロジー研究

外部リンク

 Art Renewal Center
 Art Renewal Center
 Art Renewal Center
 Art Renewal Center
 Web Gallery of Art
 Web Gallery of Art
 Web Gallery of Art

参考文献

 『イコノロジー研究

ジュリアーノ・デ・メディチの墓 Tomba di Giuliano de' Medici

作者
ミケランジェロ
制作
1526年~1533年
媒材
大理石
寸法
630 × 420 cm
所蔵
メディチ家礼拝堂新聖具室

概要

 「ジュリアーノ・デ・メディチの墓」は、ミケランジェロ作の廟墓彫刻。
 制作時にジュリアーノ・デ・メディチに全く似ていないという批評があったが、それに対してミケランジェロは「5百年たったら誰もそんなことは言わなくなるだろう」と返したという。

 時を表す4体の擬人像の1体。髪飾りに三日月と星をあしらい、その足は眠りを意味する芥子の上に伸びている。悪徳を覆い隠すとしての夜闇を意味する不気味な仮面を傍らに置き、夜行性の鳥である梟が怪しく宿っている。

 時を表す4体の擬人像の1体。筋肉が躍動する若い男が、何かに怯えるように虚空を見つめている。

被葬者

 ジュリアーノ・デ・メディチ

別表記

 Notte e Giorno

関連項目

 メディチ家霊廟図案
 『イコノロジー研究

外部リンク

 Art Renewal Center
 Art Renewal Center
 Art Renewal Center
 Art Renewal Center
 Web Gallery of Art
 Web Gallery of Art
 Web Gallery of Art

参考文献

 『イコノロジー研究

ダヴィデ像 Apollino o David

作者
ミケランジェロ
制作
1530年
媒材
大理石
高さ
146 cm
所蔵
バルジェッロ国立美術館

概要

 「ダヴィデ像」は、ミケランジェロ作の未完の彫刻。

題材

 ダヴィデアポロン

別表記

 ダビデ/アポロ像、David/Apollo

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Art Renewal Center
 Web Gallery of Art

参考文献

 『イコノロジー研究

シニョーリア広場のための粘土原型 Due Lottatori

作者
ミケランジェロ
制作
1530年頃
媒材
テラコッタ
高さ
41 cm
所蔵
ブォナッロティ邸

概要

 「シニョーリア広場のための粘土原型」は、ミケランジェロ作の像。

Michelangelo

別表記

 Two Wrestlers

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Casa Buonarroti

参考文献

 『イコノロジー研究

射手たち Saettatori

作者
ミケランジェロ
制作
1530年頃
媒材
赤色チョーク素描、紙
寸法
32.3 cm × 21.9 cm
所蔵
イギリス王室コレクション
番号
Fr. 298

概要

 「射手たち」は、ミケランジェロ作の素描。

ミケランジェロ 素描

別表記

 Archers shooting at a herm

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Philosophy and Literature
 Art Scholar
 Art Scholar
 Art Scholar
 Google Arts & Culture
 Harvard Art Museum
 Royal Collection Trust
 Wikimedia Commons

参考文献

 『イコノロジー研究

うずくまる少年 Ragazzo Accovacciato

作者
ミケランジェロ
制作
1530~1533年
媒材
大理石
高さ
54 cm
所蔵
The Hermitage, St. Petersburg

概要

 「うずくまる少年」は、ミケランジェロ作の彫刻。

画像

別表記

 Crouching Boy

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Art Renewal Center
 Web Gallery of Art
 Wikipedia

参考文献

 『イコノロジー研究

キリストの復活 Resurrezione

作者
ミケランジェロ
制作
1532年頃
媒材
黒と赤のチョーク
寸法
34.7 cm×高さ24.0 cm
所蔵
イギリス王室コレクション

概要

 「キリストの復活」は、ミケランジェロ作の素描。

ミケランジェロ 素描

題材

 イエス・キリスト

別表記

 The Resurrection

外部リンク

 ナショナルジオグラフィック
 DawkinsColour

勝利像 Genio della Vittoria

作者
ミケランジェロ
制作
1532~1534年
媒材
大理石
高さ
261 cm
所蔵
ヴェッキオ宮殿

概要

 「勝利像」はミケランジェロ作の彫刻で、「ユリウス2世の墓」のための大理石群像の1つ。

別表記

 Victory

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Art Renewal Center
 Web Gallery of Art

参考文献

 『イコノロジー研究

ガニュメデスの誘拐 Il Ratto di Ganimede

作者
ミケランジェロ
制作
1533年頃
媒材
Black chalk
寸法
19 × 33 cm
所蔵
フォッグ美術館

概要

 「ガニュメデスの誘拐」は、ミケランジェロ作の素描。

ミケランジェロ 素描

題材

 ガニュメデス

別表記

 The Rape of Ganymede

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Harvard Art Museum
 Web Gallery of Art

参考文献

 『イコノロジー研究

ティテュオス Tizio

作者
ミケランジェロ
制作
1533年頃
媒材
Black chalk
寸法
19 × 33 cm
所蔵
Royal Library, Windsor

概要

 「ティテュオス」は、ミケランジェロ作の素描。

ミケランジェロ 素描

題材

 ティテュオス

別表記

 Tityus

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Web Gallery of Art

参考文献

 『イコノロジー研究

パエトンの墜落 La Caduta di Fetonte

作者
ミケランジェロ
制作
1533年頃
媒材
チョーク素描
所蔵
大英博物館
番号
Fr. 57

概要

 「パエトンの墜落」は、ミケランジェロ作の素描。

ミケランジェロ 素描

題材

 パエトン

別表記

 The Fall of Phaeton

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Web Gallery of Art
 British Museum
 Wikimedia Commons

参考文献

 『イコノロジー研究

パエトンの墜落 La Caduta di Fetonte

作者
ミケランジェロ
制作
1533年頃
媒材
Black chalk
寸法
41.3 × 23.4 cm
所蔵
Royal Library, Windsor
番号
Fr. 58

概要

 「パエトンの墜落」は、ミケランジェロ作の素描。

ミケランジェロ 素描

題材

 パエトン

別表記

 The Fall of Phaeton

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Web Gallery of Art
 Wikimedia Commons
 Wikimedia Commons

参考文献

 『イコノロジー研究

パエトンの墜落 La Caduta di Fetonte

作者
ミケランジェロ
媒材
チョーク素描
番号
Fr. 75
所蔵
ヴェネツィア・アッカデミア美術館

概要

 「パエトンの墜落」は、ミケランジェロ作の素描。

ミケランジェロ 素描

題材

 パエトン

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 L'arte nel mito

参考文献

 『イコノロジー研究

最後の審判 Giudizio Universale

作者
ミケランジェロ
制作
1536~1541年
媒材
フレスコ画
寸法
1370 × 1220 cm
所蔵
システィーナ礼拝堂

概要

 「最後の審判」は、ミケランジェロ作の絵画、壁画。元々この壁にはペルジーノの「聖母被昇天」があったのだが、教皇クレメンス7世の依頼により、漆喰が剥がされ、全く新しい作品が仕上がった。

 左側には天国へと昇天していく人々が、右側には地獄へと堕ちていく人々が描写されている。しかし、対照的に表されてはおらず、右の人々も左と同じように苦しげである。

 再臨したイエス・キリストが死者に裁きを下している。

 バルトロマイが持つ皮は聖人自身のものであるはずだが、ミケランジェロの顔である。これは次々注文されて疲労困憊の作者を表しているのだという。

 ジョルジョ・ヴァザーリ著『芸術家列伝』によると、完成間近の「最後の審判」を見たパウルス3世は、儀典長に感想を求めた。ビアージオ・マルティネッリは教皇の礼拝堂のような神聖な場所に裸体は相応しくなく、公衆浴場か居酒屋の方が似つかわしかろうと酷評したという。
 憤慨したミケランジェロは、儀典長を地獄に堕とすことで復讐する。冥府の裁判官ミノスに扮させ、裸体で、何度身体に巻き付かせるかで地獄の階層を示す尻尾に、愚鈍の象徴である驢馬の耳を付け、さらに悪を表す蛇に性器を噛みつかせている。ダンテ・アリギエーリ著『神曲地獄篇』において、裸体と驢馬の耳と蛇の描写はいないため、画家が独自に加えた要素だと思われる。
 ビアージオ・マルティネッリパウルス3世に抗議したものの却下され、残された。

スケッチ 1534年

別表記

 Last Judgment

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 ウィキペディア
 サルヴァスタイル美術館
 Art Renewal Center
 Web Gallery of Art
 YouTube - 山田五郎 オトナの教養講座

参考文献

 『イコノロジー研究
 『イタリア・ルネサンスの文化』
 『世界の歴史16 ルネサンスと地中海』
 『メディチ家』
 『ローマ教皇検死録』
 『ロレンツォ・デ・メディチ暗殺』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『The Life of Cesare Borgia

ブルータス胸像 Bruto

作者
ミケランジェロ
制作
1540年
媒材
大理石
高さ
95 cm
所蔵
バルジェッロ国立美術館

概要

 「ブルータス胸像」は、ミケランジェロ作の彫刻。

Bruto ぶるーたす
Bruto ぶるーたす

題材

 ブルートゥス

別表記

 Brutus

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Web Gallery of Art

参考文献

 『イコノロジー研究
 『イタリア・ルネサンスの文化』

ユリウス2世の墓 Tomba di Giulio II

作者
ミケランジェロ
制作
1545年
所蔵
サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会

概要

 「ユリウス2世の墓」は、ミケランジェロと助手作の廟墓彫刻。

モーセ ミケランジェロ制作

第1案(1505年)の復元図 正面

ヘルベルト・フォン・アイネムの復元図

第1案(1505年)の復元図 側面

第2案(1513年)のための設計習作(模写)

 ペン素描・淡彩、ベルリン美術館所蔵。Werner Weisbach著『Trionfi』111頁に掲載の図版。

第2案(1513年)の復元図 正面

 モーセ像とルーヴル美術館の2体の奴隷像『抵抗する奴隷』『瀕死の奴隷』『勝利像』が本来の位置に描きこまれている。

第2案(1513年)の復元図 側面

 『抵抗する奴隷』が本来の位置に描きこまれている。

『ユリウス2世霊廟』のための大理石群像

 瀕死の奴隷
 抵抗する奴隷
 勝利像

被葬者

 ユリウス2世

題材

 モーセ
 ラケル
 レア

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 ローマより愛をこめて
 ART at SUNY Oneonta
 British Museum
 Internet Archive
 Frederic Chordá
 SHAFE
 The Best Artists
 Web Gallery of Art
 Web Gallery of Art
 Wikipedia
 Wikipedia

参考文献

 『イコノロジー研究

聖ペテロの磔刑 Crocifissione di San Pietro

作者
ミケランジェロ
制作
1546~1550年
媒材
フレスコ画
寸法
625 × 662 cm
所蔵
パオリーナ礼拝堂

概要

 「聖ペテロの磔刑」は、ミケランジェロ作の絵画、壁画。

題材

 ペテロ

別表記

 Martyrdom of St PeterCrucifixion of St. Peter

関連項目

 『イコノロジー研究

外部リンク

 Art Renewal Center
 Web Gallery of Art
 Wikipedia

参考文献

 『イコノロジー研究

フィレンツェのピエタ Pietà Bandini

作者
ミケランジェロ
制作
1547~1553年
媒材
大理石
寸法
226 cm
所蔵
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂付属美術館

概要

 「フィレンツェのピエタ」は、ミケランジェロ作の彫刻。
 「フィレンツェのピエタ」は4人の人物で構成されている。中央は十字架から降ろされたばかりのイエス・キリストの遺体、上はニコデモ、左はマグダラのマリア、右は未完成のままの聖母マリアである。

関連項目

 イエス・キリスト
 聖母マリア
 マグダラのマリア

別表記

 Pietà dell'Opera del Duomo

外部リンク

 ウィキペディア
 Wikipedia

パレストリーナのピエタ Pietà di Palestrina

作者
ミケランジェロ
制作
1555年頃
媒材
大理石
寸法
253 cm
所蔵
フィレンツェ・アッカデミア美術館

概要

 「パレストリーナのピエタ」は、ミケランジェロ作の彫刻。
 3人の人物で構成されている。中央は十字架から降ろされたばかりのイエス・キリストの遺体、背後は聖母マリア、右はマグダラのマリアである。

題材

 イエス・キリスト
 聖母マリア
 マグダラのマリア

外部リンク

 ウィキペディア
 Wikipedia

ロンダニーニのピエタ Pietà Rondanini

作者
ミケランジェロ
制作
1552~1564年
媒材
大理石
寸法
195 cm
所蔵
スフォルツェスコ城博物館

概要

 「ロンダニーニのピエタ」は、ミケランジェロ作の彫刻。最晩年の未完の作品である。

関連項目

 イエス・キリスト
 聖母マリア

外部リンク

 ウィキペディア
 Wikipedia

夢 Sogno

原画
ミケランジェロ
媒材
チョーク素描
番号
Th. 520

概要

 「夢」は、ミケランジェロの原画による模写。

ミケランジェロ 素描

別表記

 The Dream

関連項目

 『イコノロジー研究

参考文献

 『イコノロジー研究

子供たちのバッコス祭

原画
ミケランジェロ
媒材
赤色クレヨン素描
番号
Fr. 187

概要

 「子供たちのバッコス祭」は、ミケランジェロの原画による模写。

Michelangelo

関連項目

 『イコノロジー研究

埋葬地

別表記

 Michelangelo BuonarrotiMichael Angelo

外部リンク

 ウィキペディア
 Art cyclopedia
 Daiko Travelers Club
 Firenze_Nei_Dettagli
 Treccani.it
 Web Gallery of Art
 WebMuseum

参考文献

 『イコノロジー研究
 『イタリア・ルネサンスの文化』
 『性病の世界史』
 『世界大百科事典』
 『世界の歴史16 ルネサンスと地中海』
 『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』
 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『マキアヴェリ』
 『メディチ家』
 『メディチ家の人びと』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルクレツィア・ボルジア―ルネッサンスの黄昏』
 『ルネサンス宮廷大全』
 『ルネサンス精神の深層』
 『ルネサンスの女たち』
 『ルネサンスの華』
 『ルネサンスとは何であったか』
 『ローマ教皇検死録』
 『ロレンツォ・デ・メディチ暗殺』
 『Lucretia Borgia
 『The Life of Cesare Borgia

記載日

 2005年5月29日以前