用語

目次

アッコピアトーリ
アンツィアーニ
カタスト
教会の旗手
教皇
キリスト教
グエルフィとギベッリーニ
軍事八人委員会
コッミッサーリオ
コンクラーヴェ
コンシーリオ・グランデ
コンソーレ
ゴンファロニエーレ・ディ・コンパーニア
シニョーリア
十人委員会
十二人の良き人々
人文主義者
枢機卿
スルタン
正義の旗手
聖座
ドゥカート
八人委員会
パルラメント
フィオリーノ
平民長官
ポデスタ
訳語
レットーレ

アッコピアトーリ Accopiatori

概要
 アッコピアトーリとは、フィレンツェ共和国の三大要職及び正義の旗手選出に当たる行政職。
 通常の仕事は資格審査会議の決定に従って、三大要職に就ける有資格者の名札を適切に袋に入れていくことである。
 シニョーリアは8名のプリオーレ(高官)からなり、内6名は大アルテから、2名は小アルテから選ばれる。選出に当たっては、2種類の袋が用いられる。一般の袋(borsa generale)と、小さな袋(borselino)である。全部で7つの袋が使われる。小アルテから選出される2名は、同一の袋が使われるからである。当然ながら、小さな袋に入れられた場合、選出される確立は高くなる。
 コシモ・イル・ヴェッキオは官職被選出資格名札の管理事務担当に過ぎないアッコピアトーリを自派で固めつつ、これに、被選出資格の審査、資格者の名札の管理、名札からのシニョーリアなど主要官職の委員の抽出までの全過程を実質上、行う権限を持たせていく。これにより、伝統的共和政の形態を残しつつ実質上の独裁体制を築き始めるのである。
関連項目
 ピッティ陰謀事件
別表記
 Accopiatore
参考文献
 『フィレンツェ史』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』

アンツィアーニ Anziani

概要
 アンツィアーニは各区から2名ずつの平民を選出され、任期1年で各区を治める。
別表記
 長老委員
外部リンク
 フィレンツェ便り

カタスト Catasto

概要
 カタストはフィレンツェ特有の徴税制度。申告に基づく直接財産税。
 それ以前の共和国政府の収入は、営業税、消費税、通行税等の間接税と、エスティモと呼ばれる直接税、それに公債、つまり借金の3つが主要な財源であった。この内、間接税は、中世以来ヨーロッパの諸都市において広く一般的に行われていたものだが、徴税効果が限られている上に、富裕層よりも、中層以下のクラスの人々に専ら負担がかかるため、やたらに上げるわけにはいかない性質のものであった。
 そこで13世紀に初めて考え出されたのがエスティモで、これは、市民たち一人一人に、その財産に応じて税額を割り当てるという徴税制度であった。しかしこれは、当然割当の基礎となる財産の評価を政府が行うのであるから、情実や不公平があるというので人々の不満が絶えなかった。そのため、何回か制度上の改正がなされたが、結局うまくいかず、1315年に一旦廃止された。
 しかし、そうなると国庫がたちまち危機に瀕したので、1325年に、今度はかなり大きな改革を伴って再び登場してきた。その改革の主要な点は、第1に、財産の評価を各自の申告に基づいて行うということで、これが後のカタストの基礎となった。第2の改革は、財産については皆一律の税率が適用されたが、事業収入については、収入の大きいものほど税率が高いという累進税率が採用されたことである。この累進課税方式は、当然富裕な商人たちの間に評判が悪く、1427年のカタストでは廃止され、15世紀の末に改めて登場してくることとなる。
 1427年5月22日に定められ、シャルル8世のイタリア侵攻に続くメディチ家追放の後、カタストの制度は正式に廃止されてしまう。
別表記
 土地台帳
関連項目
 リナルド・デリ・アルビッツィ
参考文献
 『メディチ家』
 『ルネッサンス夜話』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』

グエルフィとギベッリーニ Guelfi e Ghibellini

概要
 語源は、ギベッリーニ(皇帝派)はホーエンシュタウフェンの居城ヴァイブリンゲンがイタリア訛りで転化したものと言われている。グエルフィ(教皇派)はホーエンシュタウフェンと対立していたヴェルフェンが語源とされる。皇帝派、教皇派両派の争いは神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世とローマ教皇グレゴリウス7世との叙任権争いに端を発したと言われているが、イタリアにこの対立が持ち込まれると本来の意味は失われ、一方が皇帝派を唱えれば、それに対立するものは教皇派を唱えるという具合で、政治信条に関わらず、イタリア諸侯、都市国家間の対立、政争の具に使われるようになった。一般的には特権を擁護しようとする貴族階級には教皇派が多く、これに対立して改革を求める市民階級には皇帝派が多いと言われるが、図式的には説明できない複雑な要因が絡んでいる。
別表記
 ゲルヘ党、グェルフィとギベリーニ、Guelphs and Ghibellines
外部リンク
 ウィキペディア

軍事八人委員会 Otto della Guerra

概要
 軍事八人委員会は、教皇庁との戦争、八聖人戦争に当たって、1375年に任命された委員会。
別表記
 オット・デッラ・グエッラ、戦争の八人委員会、VIII di Guardia e Balìa
参考文献
 『フィレンツェ史』

コッミッサーリオ Commissario

概要
 コッミッサーリオは、イタリア・ルネサンスにおいては、緊急の問題、特に戦争の際に任命される特別職。兵の徴集、糧食の調達などなどを行う広範な権限を持っている。ただし、兵の指揮権はない。フィレンツェ共和国では、コッミッサーリオに任命されるのは通常、名門貴族層である。ヴェネツィア共和国ではプロヴェディトーレと呼称される。
 なお、コッミッサーリオ・ジェネラーレは、複数のコッミッサーリオが任命された場合、全員を代表する上位の役職を意味している。
別表記
 コッメサーリオ、総代理、Commesario
外部リンク
 Wikipedia
参考文献
 『フィレンツェ史』

コンシーリオ・グランデ Consiglio Grande

別表記
 大会議
参考文献
 『フィレンツェ史』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』

コンソーレ Console

概要
 コンソーレとは中世イタリアの自治都市の最高行政官、行政長官のこと。古代ローマの用語から呼称され、複数形ではコンソーリ。
 コンソーレはコムーネの評議会と協力して行政にあたる役職で、地方行政は執政を任せる長官を選出する都市国家一般評議会に基づく。
 当初は司教の代理として実権はなかった。ハインリヒ4世とグレゴリウス7世の叙任権闘争の中で作られた歴史的背景を持つ。有力貴族の中の最有力一門が作った最初の政治機関で、正式な機関へと権威を増していく。
別表記
 コンソレ、執政官、行政長官、Consoli
外部リンク
 フィレンツェ便り
 Wikipedia
参考文献
 『フィレンツェ史』
 『ミラノ―ヴィスコンティ家の物語』

ゴンファロニエーレ・ディ・コンパーニア Gonfaloniere di Compagnia

概要
 当初は19名であったが、1343年、フィレンツェ共和国が4つの区域に分割された時に16名となる。
 シニョーリア十二人の良き人々と共に、フィレンツェ共和国の三大要職の一つ。
別表記
 十六人会、十六人ゴンファロニエーリ・ディ・コンパニーア
 Sedici gonfalonieri di Compagnia
関連項目
 ルカ・デリ・アルビッツィ
参考文献
 『フィレンツェ史』
 『メディチ家』

シニョーリア Signoria

概要
 シニョーリアは、十二人の良き人々ゴンファロニエーレ・ディ・コンパーニアと共に、フィレンツェ共和国の三大要職の一つ。
 フィレンツェ共和国の最高行政立法機関。立法権はこの機関の占有となる。8名のプリオーレ(高官、主席)からなる。任期は正義の旗手と同じく2ヶ月。
 1282年、フィレンツェでの商工業がますます発展し、アルテ・マッジョーレ(7大組合)の影響力拡大により、制度改革を導く。これがプリオーレ制あるいはシニョーリア制と呼ばれるもの。
別表記
 政庁、政務委員会
外部リンク
 ウィキペディア
 フィレンツェ便り
参考文献
 『世界の歴史16 ルネサンスと地中海』
 『フィレンツェ史』
 『メディチ家』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『Lucretia Borgia

十人委員会 Dieci di Balìa

概要
Dieci di Balìa Council of Ten 10人委員会
 十人委員会とは、フィレンツェ共和国の対外戦争と外交を担当する行政機関。1384年に制定。1494年以降は自由と平和の十人と呼ばれる。
別表記
 ディエチ・ディ・バーリア、バーリア十人会、戦争のための十人委員会、軍事十人委員会、軍事委員会、10人委員会、Council of Ten
関連項目
 ピッティ陰謀事件
 アニョーロ・アッチャイウオリ
 ルカ・ダントーニオ・デリ・アルビッツィ
参考文献
 『君主論』
 『フィレンツェ史』
 『メディチ家』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ロレンツォ・デ・メディチ暗殺』
 『The Life of Cesare Borgia

十二人の良き人々 Dodici Buonuomini

概要
 1321年、シニョーリアを監視するために制定される。
 シニョーリアゴンファロニエーレ・ディ・コンパーニアと共に、フィレンツェの三大要職の一つ。
関連項目
 ルカ・デリ・アルビッツィ
別表記
 十二人の良い人々、十二人会
参考文献
 『フィレンツェ史』
 『メディチ家』

人文主義者

別表記
 人文学者、ユマニスト、ヒューマニスト、HumanisteHumanistUmanista
外部リンク
 ウィキペディア

スルタン Sultan

外部リンク
 ウィキペディア

聖座 Santa Sede

英語
 Sancta SedesHoly See
外部リンク
 ウィキペディア

ドゥカート Ducato

別表記
 デュカート、デュカーティ、デュカティ、ドゥカーテン
外部リンク
 Wikipedia

八人委員会 Otto di Guardia e Balìa

概要
 チオンピの乱の鎮圧直後、1378年に設置されたもので、政治犯の逮捕、審問を行う。その後、一般の刑事・民事事件も扱うようになる。任期は6ヶ月、後に4ヶ月となる。選出はくじ、あるいはシニョーリアによって選出される。この機関で解決できなかった重大な国事犯は、特別の四十人法廷に委ねられる。
別表記
 オット・ディ・バリーア、オット・ディ・グァルディア、監視の八人、警察八人会、警察・治安八人委員会
関連項目
 ルカ・ダントーニオ・デリ・アルビッツィ
外部リンク
 Wikipedia
参考文献
 『フィレンツェ史』
 『メディチ家』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『Pompeo Caccini and Euridice

パルラメント Parlamento

概要
 パルラメントは、共和国が危機に直面した時など、しばしば召集されるフィレンツェ人の総会。大改革がなされるべきかどうか、またはバリーア(balia)を承認すべきかどうかを決定するためである。バリーアとは本来、権力を意味するが、ここでは危機を克服するために臨時につくられる委員会を指す。一定期間、危機克服のために大きな権限が与えられる。
別表記
 高等法院、il parlamento
参考文献
 『君主論』
 『フィレンツェ史』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』

フィオリーノ Fiorino

別表記
 フローリン、フロリン、florin
外部リンク
 ウィキペディア

平民長官 Capitano del Popolo

概要
 平民長官とは、中世イタリアの都市国家の役職名。貴族出身で外国人、司法と市民軍の司令官が主な仕事。
別表記
 カピターノ・デル・ポーポロ
外部リンク
 フィレンツェ便り
 Wikipedia
参考文献
 『世界の歴史16 ルネサンスと地中海』
 『フィレンツェ史』
 『メディチ家』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルネサンス宮廷大全』
 『April Blood

ポデスタ Podestà

概要
 ポデスタとは、貴族出身の外国人が任期1年で務める役職名。外国との条約締結、司法権の行使、軍事最高司令官を任される。執政、司法長官、判事、裁判官、行政官。
 正義を公正に行使するよう、地元の利害関係や人間関係と無縁の者が選出される。つまり、そのコムーネの、稀にその国の人間はこの役職に就く資格がない。

フィレンツェ共和国
 コンタード(近隣)へ勢力拡大したフィレンツェには、封建領主層の臣下の騎士たちが流入し、古い都市貴族と融合して「塔仲間」という団体が形成される。13世紀にはフィレンツェに約3百の塔が立ち並ぶ。これはいくつかの派閥が生まれたこと、分裂が進んだことを意味する。ここでコンソーレから外れた人員による政権の奪い合いが始まる。
 党派間の対立を中立の立場で裁くために12世紀後半から13世紀前半に制定。ポデスタになり得る資格はまず、外国人であること、ついで貴族であること、グエルフィに属する者である。当時、ポデスタがフィレンツェの最高の官職であり、条約に署名し、裁判を行い、戦時には軍の総司令官を兼ねていた。任期は当初1年であったが、1290年に至ってポデスタの権力を抑えるために6ヶ月に短縮される。
 14世紀以降は、特に15世紀のメディチ政権下に至ってポデスタの大きな権限は次々と他の行政職に奪われていく。わずかに裁判上の権限のみに限定される。さらにその裁判上の権限も縮小され、最後には三大要職の選出に立ち会う程度の機能しか果たさなくなる。1498年に再びその法的権限を回復するが、これも1502年、正義の評議会に取って代わられる。
関連項目
 ルカ・デリ・アルビッツィ
外部リンク
 Wikipedia
参考文献
 『世界の歴史16 ルネサンスと地中海』
 『フィレンツェ史』
 『メディチ家』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ロレンツォ・デ・メディチ暗殺』
 『Lucretia Borgia

レットーレ Rettore

概要
 レットーレとは町内会から選ばれた複数の代表者のことで、領主や司教代理との交渉にあたる。
別表記
 レットーリ、総代、代官、rector
外部リンク
 フィレンツェ便り

記載日

 2006年7月15日