Paulus II

パウルス2世


生没:1417年2月23日~1471年7月26日
出身:ヴェネツィア
在位:枢機卿 1440年7月1日~1464年
       任命した教皇:エウゲニウス4世
   第211代教皇 1464年~1471年
    先代:ピウス2世
    次代:シクストゥス4世

概要

 ピエトロ・バルボは、15世紀のイタリアの男性、聖職者。第211代教皇パウルス2世。

年表

1464年8月30日
枢機卿ピエトロ・バルボ(1417年~1471:在位1440年~1464年)、教皇に即位し、パウルス2世を名乗る(在位1464年~1471)。
新教皇パウルス2世、故ピウス2世の対オスマン・トルコの遺志の継承を表明するが、直ちにその財政上の問題に逢着。
1468年2月2日
パウルス2世、ミサでオスマン・トルコに対抗するためにイタリアの平和の必要性を訴える。
その上でパウルス2世、フィレンツェ、反フィレンツェ両陣営の30日以内の和平、トルコ軍の脅威に曝されているアルバニアのキリスト教徒軍最高指揮官としてバルトロメオ・コッレオーニのアルバニアへの派遣、彼への報酬のイタリア諸国による支払い、この間の戦闘で奪われたイーモラ及びフィレンツェの所領の返還を内容とする勅書を発する。
これに対してフィレンツェ陣営3国、和平には賛意を表しながら、バルトロメオ・コッレオーニへの報酬の負担を拒否。
1468年2月末
この頃、Giulio Pomponio Letoの主催するAccademia Romana、反教会的、異教的、共和政的秘密結社と化して反パウルス2世の陰謀を企んだと見なされて閉鎖され、Giulio Pomponio Letoを初めバルトロメオ・プラティナ(1421年~)ら人文主義者が逮捕される。しかし各自反論し、翌1469年5月頃までに釈放される。
1468年4月25日
パウルス2世バルトロメオ・コッレオーニに関する条項を撤回した修正和平案をフィレンツェ、反フィレンツェ両陣営に提示。
1468年5月8日
フィレンツェ、反フィレンツェ両陣営、共にパウルス2世の修正和平案を受諾。フィレンツェの被追放者たちの企図、潰える。
1468年10月9/13日
シギスモンド・マラテスタ、死(1417年~1468年:リーミニの君主在位1429年~1468年:ファーノ・シニガリアの君主在位1429年~63年)。パウルス2世、リーミニの教会帰属を宣言。
シギスモンド・マラテスタの庶子でパウルス2世の反マラテスタ戦陣の先頭にあった(1460年~1463年)傭兵隊長ロベルト・マラテスタ(1440/1441年~1482年)、パウルス2世にリーミニを返還すると約束しながら密かにフェッランテ・ダラゴーナと通謀してリーミニに入り、奸策により自らの支配権を樹立。
1469年5月28日
ロベルト・マラテスタフェッランテ・ダラゴーナの密謀が明らかとなって驚愕したパウルス2世とヴェネツィア、攻守同盟を結び、軍の最高指揮官にアレッサンドロ・スフォルツァを据える。
1470年8月25日
パウルス2世、イタリア諸国、諸権力者にエウボイア陥落の及ぼす危険性を説く書簡を送る。
1470年9月18日
パウルス2世、イタリア諸国、諸権力者に、和平を説きオスマン・トルコの脅威に一致して対抗せよと説く書簡を送る。
1470年12月22日
1470年8月以降、繰り返しイタリア内の和平と一致した反オスマン・トルコ行動とを説いてきたパウルス2世の主導の下、ようやく、ナポリのフェッランテ・ダラゴーナ、ミラノのガレアッツォ・マリーア・スフォルツァ、モデナ・レッジョ・フェッラーラのボルソ・デステ及びフィレンツェ、ローディの和・イタリア同盟(1454年~1455年)を基にした対オスマン・トルコ共同防衛同盟を締結。
1471年4月14日
パウルス2世ヴァティカン宮殿内聖堂でボルソ・デステにフェッラーラ公位を授与。
1471年7月25日
深更パウルス2世急死(1417年~:在位1464年~)。

任命した枢機卿

1467年9月18日 オリヴィエーロ・カラーファ
フランチェスコ・デッラ・ローヴェレ
1468年11月21日 ジョヴァンニ・バッティスタ・ゼノ
ジョヴァンニ・ミキエル

関連項目

 リーミニの戦い
 対オスマン・トルコ共同防衛同盟

本名

 ピエトロ・バルボ、Pietro Barbo

別表記

 パオロ2世(Paolo II)、パゴロ(Pagolo)

外部リンク

 ウィキペディア
 世界帝王事典
 GCatholic.com
 The Cardinals of the Holy Roman Church
 Treccani.it

参考文献

 『イタリア・ルネサンスの文化』
 『フィレンツェ史』
 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『メディチ家』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルクレツィア・ボルジア―ルネッサンスの黄昏』
 『ルドヴィコ・イル・モーロ―黒衣の貴族』
 『ルネサンス宮廷大全』
 『ルネサンスとは何であったか』
 『ローマ教皇検死録』
 『Lucretia Borgia
 『The Life of Cesare Borgia

記載日

 2006年10月12日以前