Federico d'Aragona

フェデリーコ・ダラゴーナ

生没年:1452年4月19日~1504年11月9日
在位:ナポリ王 1496年~1501年
    先代:フェッランディーノ・ダラゴーナ
    次代:ルイ12世
父:フェッランテ・ダラゴーナ
母:イザベッラ・ディ・キアロモンテ
妻:アンナ・ディ・サヴォイア
子:カルロッタ・ダラゴーナ
  フェルディナンド・ダラゴーナ
  ジューリア・ダラゴーナ
  アルフォンソ・ダラゴーナ

概要

 フェデリーコ・ダラゴーナはナポリアルフォンソ2世・ダラゴーナの弟。アラゴン系の最後のナポリ王。
 スペインのカトリック王フェルディナンド・ダラゴーナがフランス王ルイ12世と結んだグラナダ協定によって、政体を失った。フランスに連れて行かれ、トゥールにて没する。

年表

1452年4月19日
生(1451年)。
1492年
フェッランテ・ダラゴーナの名代として教皇アレクサンデル6世に表敬するため、ローマに赴く。ジュリアーノ・デッラ・ローヴェレ枢機卿の歓迎を受ける。妹ベアトリーチェ・ダラゴーナの夫であるハンガリー王ウラースロー2世・ヤギェウォの離婚の申し入れに特赦を与えないよう要請。
1493年6月末
フェッランテ・ダラゴーナの命により、アレクサンデル6世と協議するため、ローマに赴く。ヴィルジーニオ・オルシーニフランチェスケット・チーボから購入したアングィッラーラ、チェルヴェーテリなどの教会領は、その死に際し教会に返還されること。すでにフランチェスケット・チーボに支払った4万ドゥカートは教会に支払うこと。スクイッラーチェとカリアーティを持参金として、サンチャ・ダラゴーナホフレ・ボルジアを婚姻させることを決める。アスカーニオ・マリーア・スフォルツァ枢機卿の追放は拒否されるが、ジュリアーノ・デッラ・ローヴェレ枢機卿との和解は受け入れられる。
1493年8月16日
サンチャ・ダラゴーナホフレ・ボルジアの代理人を立てて行われた、ヴァティカン宮殿でのの婚姻式に参列。花嫁を紹介。公正証書が読み上げられ、指輪の交換が行われている間に、ある花嫁の不安と興奮についての即席のパロディーを披露すると、教皇アレクサンデル6世その他の列席者は大口を開けて笑う。列席しているボルジア家の全員を抱擁。
1496年10月5日
フェッランディーノ・ダラゴーナ死。フェデリーコ・ダラゴーナ、ナポリ王に即位。
1499年1月
チェーザレ・ボルジアナポリ王女カルロッタ・ダラゴーナとの結婚問題について、父王フェデリーコ・ダラゴーナと直接、折衝。ルイ12世は、チェーザレ・ボルジアの意図を支持。しかしフェデリーコ・ダラゴーナカルロッタ・ダラゴーナに峻拒される。
1500年7月16日
アルフォンソ・ダラゴーナ負傷の知らせを受け、医師ガリアーノ・デ・アンナを派遣。
1501年
息子をタラントへ送った後、フランス軍に対し防衛するため、自軍の大半を率いさせて、ファブリツィオ・コロンナリヌッチョ・ダ・マルチアーノカプアに送る。
1501年
アヴェルサに数日いた後、プロスペロ・コロンナを連れてナポリへ避難。
1501年7月5日?~9月初旬
ゴンザロ・デ・コルドバ指揮のフェルディナンド・ダラゴーナ軍、カラブリアのトロペーアに上陸。ナポリ分割のグラナダ協定の存在を知らなかったナポリフェデリーコ・ダラゴーナは、カラブリアの城塞を開けさせ、フェルディナンド・ダラゴーナ軍を歓迎させる。フェルディナンド・ダラゴーナ軍は、2ヶ月足らずでカラブリアを制圧。フェデリーコ・ダラゴーナの長子でカラブリア公フェルディナンド・ダラゴーナは捕らえられてスペインに送られる。
1501年8月1日
ルイ12世軍に降伏。
1501年8月3日
イスキアへの安全通行とそこで6か月間留まる条件で、全ての城塞を明け渡し降伏。動産と大砲を持っていく許可が下りたが、大砲は後日アレクサンデル6世に売る。
ナポリからイスキアに逃亡(1501年8月2日)。ヤコポ・サンナザーロも随行。
ナポリのアラゴン家王朝、事実上滅亡。
1501年9月6日
ルイ12世から安全を保証され、次子アルフォンソ・ダラゴーナを連れてフランスに行く。
1502年3月
ナポリ王位をルイ12世に譲り、代償に年金とアンジュー公領を与えられる。
1504年9月9日
フランス、トゥールで客死。

別表記

 フェデリーゴ2世、フェデリゴ、FederigoFederico I

外部リンク

 ウィキペディア
 世界帝王事典
 Genealogy.EU
 Libro d'Oro della Nobiltà Mediterranea

参考文献

 『イタリア史』
 『イタリア・ルネサンスの文化』
 『君主論』
 『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』
 『フィレンツェ史』
 『ボルジア家――悪徳と策謀の一族』
 『マキァヴェッリ 忘恩、運命、野心、好機』
 『読む年表・年譜 ルネサンス・フィレンツェ、イタリア、ヨーロッパ』
 『ルクレツィア・ボルジア―ルネッサンスの黄昏』
 『ルドヴィコ・イル・モーロ―黒衣の貴族』
 『Lucretia Borgia

記載日

 2005年5月29日以前
トラスタマラ家
歴史人物辞典
そこそこアレな感じで